【特別対談】コロナ禍で神髄 地場製造業者の適応力
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スリーアール(株)
代表取締役社長 今村 陽一 氏(株)ヒデトレーディング
代表取締役社長 鈴木 哲也 氏原価上昇、資材不足、生活様式変容など、製造業の環境変化が著しい。こうしたなかでもコロナへの迅速な対応でスリーアール(株)は増収を遂げ、(株)ヒデトレーディングは新事業を創出した。2社のトップに語り合っていただき、地場企業生き残りの道を探る。
コロナ禍は未曾有の危機にあらず
──手がける製品は異なりますが、両社ともコロナ禍で大胆な対策を取られました。
鈴木哲也氏(以下、鈴木) 当社の主力商品は帽子です。帽子は外出用の需要ですのでコロナが長引けば売上が激減するは明らかでした。そこで、帽子製造は中国の協力工場に任せてベトナムの自社工場は試作販売が好調だった布マスクへと完全にシフトしました。航空便利用で受注から5日で消費者に届けるという無理をしましたが爆発的に売れました。ただし、マスクは本業ではないので、いずれにしても永続は不可能でした。ですので、マスクは売上がピークのときに撤退しました。
今村陽一氏(以下、今村) すばらしい決断だと思います。実は、当社はSARSやMERSのときにマスクで失敗したことがあります。小型家電から生活雑貨まで多様な品ぞろえが当社の特徴ですが、製造は中国・深セン周辺エリアの工場企業群に委託しています。SARSの際もマスクが大ヒット商品となったのですが、潮時を見誤って最後に在庫の山を抱えました。ですから今回は入金をいただいてから発注する完全売り切り方式を取りました。ほかにも表面温度計、抗原検査キットなど、できるものはなんでもやり全社体制で販売しました。この2年間の売上の半分はコロナ関連商品でつくりました。最終的には5~10%の増収で終えることができました。
ヒデトレーディングさんはマスクの後、どういう策を打たれたんですか。
鈴木 キャンプ用品に参入しました。そのなかでも社員が趣味でつくっていて知見がある布製に特化しました。マスク参入で開拓したECやBtoCの販売ルートに乗せて事業化することができました。狭い分野ですが、通販では上位にランクされています。本社ショールームのラインナップもいつの間にか帽子やバッグから完全にキャンプ用品に切り替わりました。
今村 柔軟性は重要ですよね。当社も大原則として「変化への対応」という考え方があります。そのなかで、コロナ禍を経て組織が一回り成長した手応えがあります。営業担当の商談単価が1ケタ上がり大口顧客の獲得につながりました。また、平時から非常時へのスムーズな体制変更などの経験値も積めたと思います。危機感をもつことは必要ですが、今回は対応すべき「変化」が大きな疫病にすぎなかったという認識です。
弁証法が成立する人材活用
鈴木 当社も今回は外部要因に端を発するものとしては大きな危機でしたが、最大のピンチは約10年前でした。事業承継してすぐに組織崩壊寸前に陥りました。売上高、社員数を急拡大したところ、採算悪化に加えて退職者が続出しました。3年間で人材が2回も完全に入れ替わるという異常事態です。新規採用者には商売のいろはを教えるところから始めなければなりませんでした。
また、残業が当たり前の体制も改革を進めシステムなどを導入することによって現在は平均残業時間が30分まで削減しました。ここまでくるのに7年かかりました。この3年間で退職者は激減しました。コスト増を恐れて雇用に慎重な経営者が増えていますが、雇用促進と環境整備を積極的に行ったことで基盤ができてきました。
今村 収益の源泉である人材は重要ですね。当社は能力主義ですが社員からは仲が良い会社と言われます。当社ではパワハラ・セクハラ・社内不倫、そして派閥は禁止という決まりごとがあります。実際には派閥の定義は難しいのですが、「大声を上げる」などのパワハラはいけません。いうまでもなく、そこに使うエネルギーは外向けに発揮すべきですから。社員の裁量権も大きくしています。
採用ではリファラル採用や時短正社員制度を導入しています。柔軟な働き方を整備していることが評価され、「新・ダイバーシティ経営企業100選」にも選出されました。昔は苦労しましたが、このところ毎年10%ぐらい増員して現在は120名ほどの陣容になりました。今後は管理職向けの教育を一層充実させるため、私自身が研修を行っています。私が一方的に話すのではなく、仕事、経営、人付き合いなどについての自分たちの考えを発表しマインドセットの場にしています。
鈴木 教育の重要さ、難しさは痛感しています。当社は基盤が固まっておらず中堅どころの教育を急いでいますが、育成する側の負担は尋常ではありません。正直なところ1人を育成するのも苦労している状況です。しかし、年間に1人だけ育成できる人材を1人つくるだけで翌年はそれが2人になる。年を経ることに倍数で増加してくので採用と育成のサイクルができます。そのときには組織が形成されているはずです。今回のコロナ禍でも定着した人材が適切に動いた結果、新事業が立ち上がったわけですから。
中小企業に外部環境は関係ない
──お二方とも製造拠点を中国に有しておられます。緊迫する米中関係の影響はありますか。
今村 当社の製品構成を鑑みて当面は心配していません。政治よりも毎年10%ほど上昇が続いている賃金動向を注視しています。今後の推移によっては製造拠点の見直しも必要かもしれません。
鈴木 同感です。当社のコストでは物流費の上昇率が最も高くコロナ前より2倍ほど上がりましたが、すべてのコスト増の出発点は人件費ですので。ただし、経済や企業成長のためにはコストが増加していくのが当たり前だと思います。その前提で組み立てをしていくべきだと思います。
今村 今回の円安で感じたのはドルで回収できる海外売上を増やす必要性です。当社のマーケティング部隊は海外ECマーケットで売れている商材を常時追跡しています。メイドインジャパン神話は崩壊しましたが、高品質の国産品はまだ数多くあります。当社では盆栽グッズに加えてお線香の販売も始めました。我々が魂を吹き込んでブランディングすることで今は販売力に課題がある商品でも付加価値をつけることができます。為替リスクの軽減はもちろんありますが、「皆さんがおつくりいただいたものは世界的に売れるものです」と言いたい気持ちは強いです。
鈴木 当社もコスト面で為替に振り回されてきたのでドルで回せるようになりたいという思いは常にあります。考えられるのはベトナム工場を商社的な立ち位置に変えていくことは可能だと思います。ただし、当社の国内シェアはまだ微々たるものなので、国内でやるべきことはまだたくさんあると思います。
今村 当社も市場シェアはコンマ何%の世界です。切り込める余地はいくらでもあります。世の中には景気悪化に関する分析が氾濫していますが、当社の規模であれば外部環境はまったく関係ないです。できない理由を上手に話すのでなく、できる方法を考えるべきです。経営者が自分の業界を変えたいとか社員を幸せにしたいという熱量をもっている。トップが陽気である、というのは精神論のようですが、とても重要だと思います。
鈴木 私も衣料業界はよく斜陽産業と言われますが、正直私自身はそこを気にしたことはないです。むしろ帽子はニッチで収益がとれる恵まれた業種だと思います。どれだけシュリンクしようが、まだ市場は大きいのです。
今村 私は3年後の上場を明確に打ち出しました。5年後にはスタンダード市場にステップアップして売上規模を150~200億円くらいにしたいと思っています。ステークホルダーだけでなく辞めた社員らを含め、当社に関わったすべての人に「良い会社だった」と言ってもらいたいです。
鈴木 たくさん事業の柱をもたれているスリーアールさんはさすがだなと感じます。コロナで思い知ったのは1本足打法の恐ろしさです。今回はキャンプ用品を事業化しましたが、これまで服飾1本、なかでも比較的ニッチで利益率の高い帽子に特化して生き残ってきました。これから紳士用傘に進出しますが、今後は取引先の品ぞろえのなかで当社が進出していない分野を少しずつ広げていこうと思います。1本2本が機能しなくても食べていけるようにしないといけないと考えています。
今村 先般亡くなられた信越化学工業(株)の金川千尋さんがすばらしいことを言われていました。「好況と不況では好況の時期のほうが少ない。だからこそ備えておかないといけない」と。言葉にすると簡単ですが、心に響きました。
鈴木 準備は大切ですね。あと倫理観は大事だと思います。今の時代、倫理観が欠如した経営を行うと一気に危機を招くと思います。
今村 私が大事にしている価値観は「Love&Peace」です。座右の銘である「独立自尊」と「敬天愛人」をわかりやすく表現したものです。その旗印を基に今年は上場に向けてアクセルを踏む年になります。私自身はキャッシュフローを高めて財務基盤を強化しますが、それぞれが自分の役割を確実にはたしてくれると思います。営業はコロナ禍で調子づいた人はそのまま調子に乗っていってもらいたい。当社は商品開発が強みですが、広報部門はロングセラー商品に焦点を当ててくれようとしています。永く売れているということはそれだけ支持をいただいているということですから。上場という結集軸ができたので、いっそう団結して挑むことができると思います。
鈴木 現在の事業内容や身の丈を鑑みて私が上場を目指すことはありませんが、次の人が目指したいなら全然かまいません。誰が引き継ぎ、どういう路線を選択しようとも継ぎやすい環境整備が私の役割です。そのためには雇用の継続や収益の還元、次のビジネスモデルの土台づくりをしないといけないと思います。今年は一層のECの強化とデジタル化の推進に力を注いでいきます。
今村 今日は新しい発見が多々ありました。これからもお互い頑張っていきましょう。
鈴木 私もたくさんヒントをいただいた気がします。ありがとうございました。
【鹿島 譲二】
<COMPANY INFORMATION>
スリーアール(株)
代 表:今村 陽一
所在地:福岡市博多区東光2-8-30
設 立:2001年5月
資本金:1,200万円
業 種:測定機器、小型家電製造など販売
売上高:(22/3)34.1億円(グループ合計)
グループ企業7社(株)ヒデトレーディング
代 表:鈴木 哲也
所在地:福岡市東区多の津1-11-11
設 立:1993年5月
資本金:1,000万円
業 種:帽子、ベルトなど服飾雑貨販売
売上高:(22/11単体)4億6,000万円
グループ企業4社
<プロフィール>
今村 陽一(いまむら・よういち)
1977年、福岡県大川市出身。2005年にスリー・アールシステム(株)へ入社。15年、同社代表取締役社長に就任。現在、スリーアール(株)を含め7社の代表取締役を兼任。趣味は読書、マラソン、トライアスロン。プライベートで4人の息子の父。鈴木 哲也(すずき・てつや)
1981年、福岡市出身。2002年9月に(株)ヒデトレーディングへ入社。12年11月、同社代表取締役社長に就任。趣味は車、バイク、アウトドア。福岡商工会議所、(一社)福岡県中小企業家同友会、(協)オロシアムFUKUOKA理事を務める。関連キーワード
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