2024年11月05日( 火 )

大量空き家時代における住宅事業者の社会的責任(9)

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リバースモーゲージの活用がなぜ増えたのか

 自宅の土地や建物を担保にして、金融機関から融資を受け、死亡時に自宅を売却して返済する「リバースモーゲージ」。1960年代に米国で開発され、欧米などでは非常にポピュラーなローンである。通常のローンとは逆に借入残高が徐々に増えていくものだが、利用目的を定めないものもあり、主にシニア世代の利用が多いのが特徴となっている。

 近年、日本でその利用が増えている。(独)住宅金融支援機構による、住宅取得やリフォームなどに利用用途を限定した「リ・バース60」については、2021年度に約174億円付保(利用)実績があり、これは前年度比23.3%の増加だった。

リ・バース60

 リバースモーゲージを取り扱う金融機関も近年増えている。利用用途を限定しない東京スター銀行のリバースモーゲージの利用者はここ10年で7倍に増え、20年11月時点で約1万4,000人になった」(『朝日新聞』21年8月22日付)という。

 日本におけるリバースモーゲージの導入は1980年代であり、2000年代まではほとんど利用がなかった。ハッキリいえば見向きもされていなかった。それは日本人が自宅を担保にして老後の資金を得ることをせずにすむほど、経済的に豊かだったからだ。

 逆にいえば、近年におけるリバースモーゲージの利用増加は、「お金をもっている」といわれるシニア世代ですら、経済的な余裕を失いつつあることを表している。そこで注目せねばならないのが住宅の担保価値である。

 欧米で利用が多いのは、時を経ても住宅の資産価値が上昇することが大きく寄与している。一方、日本のケースでは築年数が経過するにつれ上物(建物)の価値は低くなり、築後20年の上物なら価値はゼロ、住宅の資産価値は土地代だけとなってしまう。

 日本においては住宅の担保価値が小さくなるため、借り入れできる金額は欧米などに比べ少なくなる傾向にある。人生100年時代の今、リバースモーゲージの活用では老後資金を十分にカバーできない利用者が増える可能性が大である。

 ただ、一方で欧米ではリバースモーゲージの活用により住み替えが円滑化され、それがストック(既存・中古)住宅の流通市場が発展する経済要因の1つとなってきた。日本において、リバースモーゲージの活用が広がることは、シニア世代から若い世代への住宅の流動化といった動きを促していると見れば、前向きに捉えることもできる。

空き家問題は住宅に関するリテラシーの欠如が影響

 さて、空き家問題は日本人の住まいに関するリテラシー(ある分野に関する知識やそれを活用する能力)がこれまでいかに欠如していたか、貧弱だったかを表している。たとえば、「住宅双六(すごろく)」という表現がかつてはよく使われていた。

 長屋からアパート、マンションとグレードアップし、最終的に庭付き一戸建を「あがり」とするイメージだ。だが、現代のあがりはシニア介護施設であるケースも多くなっている。つまり、先人たちはあがりの先があることを見通せなかったのである。

 もっといえば、あがりであったはずの夢のマイホームが空き家となり、「負動産」として人生の重荷になる──。そんな状況について住宅政策を推進してきた政府や住宅を供給してきた事業者含め、多くの日本人が気付いていなかった、あるいは先送りしていたのである。

空き家 イメージ    空き家問題が深刻化するなかでこの20年ほどの間に、徐々に住まいの資産価値についての議論が深まり、対応策が少しずつ整備されてきた。だが、しつこいようだが、まだ低質な住宅を供給する事業者、それを取得する消費者が存在することから考えても、対策が行き届いているとはいえない。

 空き家問題については、少子高齢化や世帯数減少、ストック住宅流通市場の未整備、そして国力低下などが指摘されているが、それらばかりが原因ではないということだ。その背後には、日本人全体に住まいに関する軽視があったという根深い問題が指摘できる。

 というのも、そうであるからこそ、立地やイニシャルコストといった表面的な指標を重視し、供給する住宅の将来の資産価値について思いが至らない住宅事業者、その事業者から購入する消費者がいまだ多く存在し続けているのだ。

求められる教育・啓蒙活動

 この状況を変えるには教育・啓蒙活動が重要だ。近年、金融教育や食育などが小学校レベルで行われるようになってきたが、そのなかに住教育を含めることはできないだろうか。住宅に関する教育として「家庭科」があり、「快適な住まい方」などについて教えているという。

 ただ、それでは不十分だ。残念なことに、最高学府である大学の建築学科においてでさえ、住まいについて詳しく学ぶことは少ない。たとえば、住宅の主流である「木造」建築がそうである。

 このことだけをみても、住まいの分野がいかにこれまで軽視されてきたかが分かるというものだ。住まいは暮らしや建築、金融、不動産、健康、子育てなどといったさまざまな分野との関連があり、深く知ることは人々の暮らしを豊かにする多くのメリットをもたらす。

 だから、「住宅学」というような新たな教育カテゴリーをつくり、それについて若年時から学ぶようになれば、遠回りであるが、空き家問題の根本的な解決策になるだろう。

 そして、今後、厳しさを増す住宅市場において生き残っていくのは、「良質な住まいとは何か」ということについて教育・啓蒙活動を担う責任を負いながら、真摯に住宅供給を行う事業者だと、筆者は信じている。

(了)

【田中 直輝】

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