2024年11月22日( 金 )

熊本のベトナム人元実習生に逆転無罪 死産双子遺棄

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 死産した双子の遺体を放置したとして死体遺棄罪に問われたベトナム人元技能実習生に対する上告審判決で、最高裁は3月24日、1・2審の判決を破棄し、逆転無罪の判決を言い渡した。

これまでの経緯

最高裁 イメージ    無罪となった元技能実習生のベトナム人女性レー・ティ・トゥイ・リンさん(24)は、2020年11月15日、熊本県芦北町(あしきたまち)の自宅で出産、死産だった双子の男児を段ボール箱に入れて放置したため、同11月19日に死体遺棄罪で逮捕され、同12月10日に起訴された。

 リンさんは18年8月から21年8月までの期間、熊本県内のみかん農園で技能実習生として働くために来日していた。

 熊本地裁は1審で、遺体を段ボール箱に入れて部屋に置き続けた行為は遺棄にあたるとして、懲役8カ月・執行猶予3年の有罪判決を下した。

 2審の福岡高裁では、二重にした段ボール箱のなかに遺体を入れてテープで閉じたうえで棚に置いていた行為は、遺体の隠匿にあたるとして死体遺棄罪が成立すると認めた。しかし、翌日に死産を医師に明かしていたことから、遺体を放置していた時間が33時間だったことで埋葬を行うべき期間が過ぎていたとはいえないとして、遺棄には当たらないと判断して罪状を減刑、懲役3カ月・執行猶予2年とした。

死体遺棄罪の考え方

 ここでは死体遺棄罪についての考え方として、一橋大学法学部の酒井智之講師が書いた論文の一部を抜粋して、紹介する。

 一般的に死体遺棄罪における遺棄とは「習俗上の埋葬等とみられる方法」によらないで死体等を放置することとされており、判例上、死体を山中、海中に投棄する行為のほか、床下に死体を隠匿する行為についても成立が認められている。また死体遺棄罪を含む刑法190条に規定された罪の保護法益は、社会一般の「敬虔感情」(けいけんかんじょう)とされており、判例も死体損壊罪と死体遺棄罪について、個人的法益に対する罪ではなく「死體ニ對スル一般宗教的感情ヲ害スル公益犯罪」としている。

 前述の定義において「習俗上の埋葬等と認められる方法」による死体の放棄・隠匿が死体遺棄罪にあたらないのは、このような保護法益の理解に基づくものと考えられる、としている。
(死体遺棄罪の保護法益と作為による遺棄の意義 一橋法学21(3)95-115 抜粋)

※敬虔感情の敬虔(けいけん)とは
親や神々に対する忠誠心、神仏を深く敬い慎み仕える感情の意味

裁判の争点

 抜粋した酒井氏の論文にもあるように、死体遺棄罪は、死者を悼む思いなど、社会一般の「敬虔(けいけん)感情」や「国民の宗教感情」を害する行為を罰するとしている。

 リンさんの孤立出産について弁護団側は、死産した子どもをタオルで丁寧にくるみ、子どもの名前や弔意の言葉を書いた手紙を添え、段ボール箱を棺桶に見立て、翌日、医師に死産した事実を明らかにするまでの間だけ棚に置いていた行為は「遺体を安置」していた行ないに過ぎず、社会一般の「宗教感情」を害する行為ではなく、このような方法で遺体を埋葬するための準備をしていたものであると説明している。そのうえでリンさんは、翌日、医師に死産した事実を明らかにしていることなどから、隠匿や遺棄したものではないとして無罪を主張。この弁護側が主張する行為が死体遺棄罪にあたるといえるのかが争点となっていた。

技能実習生の4人に1人が「妊娠したら解雇」発言を経験

 出入国在留管理庁の実態調査によると、外国人技能実習生の女性の4人に1人が、母国の送り出し機関や日本国内の受入先企業や協同組合(監理団体)から「妊娠したら仕事を辞めてもらう」「妊娠したら解雇」などとする発言を受けた経験があると回答している。

 技能実習生を海外の送り出し機関から受け入れて企業へ派遣する役割の協同組合(監理団体)や受け入れて雇用する企業(実習実施者)は、講習会等の受講で、雇用の関係法令や知識、各種手続きや報告義務等を周知徹底されている。 

 技能実習生には日本の労働関係法令が適用されており、妊娠や出産を理由に解雇する行為は禁じられている。それにも関わらず、いまだに脅しともとれる発言や違法行為が平然と繰り返されている実態をうかがい知ることができる。

 リンさんは無罪判決を受けた24日の記者会見で「妊娠が発覚して帰国させられることが怖くて誰にも相談できなかった」「私と同じように妊娠して1人で悩んでいる技能実習生や苦しんでいる女性たちを捕まえて刑罰を加えることをするよりも、相談できて安心した出産ができるような日本になってほしい」と訴えている。

技能実習制度見直しが急務

 現在の技能実習制度においては、妊娠を理由にした帰国の強要や支援環境の不備による孤立などの問題が数多く指摘されている。政府は技能実習制度を見直し、有識者委員会でさまざまな仕組みの改善を図っている。このたびの判決は、さらなる検討課題の1つに挙げられることだろう。

【岡本 弘一】

関連キーワード

関連記事