台湾有事における新たなトリガー
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国際政治学者 和田 大樹
昨年8月はじめ、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した際、中国軍は台湾周辺の6つの海域で実弾射撃を含む前例のない規模の軍事演習を行い、台湾情勢をめぐる軍事的緊張が一気に高まった。1月に新たに就任したマッカーシー米下院議長も訪台する意欲を示しており、今後も台湾情勢は予断を許さない状況だ。
そして、台湾に駐在員を派遣する企業、台湾と取引を行う企業だけでなく、シーレーンへの影響を懸念する企業、台湾有事によって日中関係の悪化を心配する企業など、日本国内でも警戒感が広がっている。これまでのところ、台湾有事におけるトリガーについては、政府機関やインフラ施設への大規模なサイバー攻撃、偽情報の流布、台湾離島の奪取、台湾海峡付近における中国軍の過剰な集中配置などが指摘されているが、昨今、新たなトリガーになり得る動きが見られる。
3月、中東から大きなニュースが飛び込んできた。中国の主導的な仲裁役により、イランとサウジアラビアが国交を回復することが発表された。両国は2016年、サウジアラビアによるシーア派聖職者の処刑をめぐって緊張が高まり、イランの首都テヘランにあるサウジアラビア大使館が襲撃されたことを受け、サウジアラビアがイランと断交した。イスラム教スンニ派の盟主であるサウジアラビアは長年、中東で影響力を拡大しようとするシーア派の盟主イランの動きを強く懸念し、2つの地域大国は中東の覇権をめぐって争ってきた。また、両国はイエメン内戦をめぐっても代理戦争を展開し、サウジアラビアのムハンマド皇太子はイランが核をもてば我々も核をもつと発言するなど、両国関係は最悪の状況にあった。
中国とイランは長年良好な関係にあり、脱石油の新たな経済政策を模索するサウジアラビアも近年中国との関係を強化しており、国交回復の背後に中国の強い影響力があったことは間違いない。しかし、我々はこの国交回復を台湾情勢の視点から考える必要がある。
すなわち、仮に習政権が武力侵攻を考える際、どれだけの国々が中国を非難しないか、対中制裁を行わないか、どれだけ政治的かつ経済的なダメージを抑えられるかなどを検討することだろう。そのような意味で、ウクライナ侵攻は中国にとって1つの参考事例になるだろうが、被害最小化のため、今のうちから中国の影響力を拡大させ、親中的なネットワークを強化しようという狙いがあると思われる。
台湾侵攻において、習政権が避けたいのは侵攻失敗というシナリオのほかに、中国の国際的イメージが悪化することにある。中華民族の偉大な復興、社会主義現代化強国、中国式現代化など強国を目指す習政権にとって、諸外国からの関係、支持は欠かせない。そして、米国など欧米陣営からの非難や制裁はすでに織り込み済みであろうことから、今後習政権が重視すべきはロシアやインド、グローバルサウスなど非欧米陣営の対応になる。一見すると、台湾有事とサウジアラビア・イランの国交回復はまったくの別問題に映る。しかし、以上のような理由から、習政権による多方面外交を台湾情勢に照らして注視していく必要があろう。
<プロフィール>
和田 大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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