2024年12月28日( 土 )

上海の激変~ある日本人経営者から垣間見る(3)

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上海行政の豹変

 上海市政府の豹変ぶりが野中社長に幸運をもたらした。もちろん、環境汚染撲滅の要因となる素材加工業の一掃政策は決定済みであったことは承知のこと。加えること、上海市政府は松江区の目覚ましい発展に直面して「工場開発区ではもったいない」と打算・計算をしたのである。

 15年前に松江区を工場開発区に指定して10年前から工場進出をはたした。そこで得た土地利用権(50年間)の収入は莫大なものであっただろうと推察される。

 上海政府が次に考えたこと、欲を掻いたことは「『商業施設・商業地域』に指定すれば土地利用権が数倍高く売れる」という目算だ。写真を参照して頂きたい。ショッピングモールの繁盛ぶりは一目瞭然である。日曜昼前ということもあり、飲食店は家族連れで満員であった。この松江区の商業施設の開発業者(デベロッパー)は、上海政府に工場用地よりも高い土地利用権を納めて(5倍ともいわれる)開発権利を取得したのである。

 福岡の一般的な中小企業の経営者からすれば、「上海という社会主義の大都会に、『民間不動産開発業者』などという業種があるのか!!」という素朴な疑問を抱かれることであろう。

 この松江区のモール開発業者は上海のいたるところで同様の商業施設を運営しているそうだ。傑物企業の1つとして、上海政府へのパイプはかなりの要人クラスに食い込んでいるとか。上海市政府としても不動産ビジネスをめぐる処理に暗躍してくれる民間企業の存在は重宝がられるのである。不動産取引税の収入は上海市政府にとっても貴重なものなのだ。

不動産のツキは上海でも有効

 松江区の開発進展状況を掻い摘んで説明した。読者は「それが野中社長とどういう風に関係があるの?」という素朴な疑問の念を抱かれるであろう。「大いに得した」というのが率直な回答である。まずこの経営者が、先程の浙江省に工場移転を決断したことはすでに述べた通りである。

 この社長はいろいろと思考を巡らせた。「売るべきか、もつべきか」を検討したが、現在の工場をある不動産業者に一括貸しすることにした。(2)で触れたように、スタートは本社機能ビルと2棟の工場であった。松江区の工場経営が順調であったから、新しい大型工場を建設できた。5年前のことである。この大型工場の存在が、今回の移転に大きく貢献することになる。

 一括で借り切る不動産業者は、すでに写真で見た通りに大型工場の小口化の間仕切りをして事務所用に用途転換を図っている。また一部ではショールームとしても活用するという。結果は、40以上のブーツに分けて貸しだすそうだ。借り手はたくさんいるとか。野中氏の方には年間1億円の賃貸料支払いする契約を行った。それでもこの不動産業者側は十分にビジネスになるという。この賃収1億円は新工場建設の借入返済に充てるとか。返済原資があれば気分は楽である。

 野中社長は不動産には非常にツキがある人だ。日本でも、購入した土地が10倍以上値上がりして含み資産が膨張した。お陰で銀行に絶大な企業信用を確立した実績がある。松江区においても、工場再開発区から商業施設開発区において用途指定が変更されたことで不動産の価値が暴騰した。

 もし工場用地の又貸しを選択したとするなら、あまりメリットを得られなかったであろう。卓越した経営判断を積み重ね、さらに『不動産の価値の急騰』という後押しを得ながら利益を得ていくのである。こういう特技があれば必ずや経営は成功する。他の地方都市行政でも、移転しようとする業者を虎視眈々と狙っている

広大な工場集積地帯

 筆者は「中国で一番、経済的に豊かなゾーンは上海および江蘇省・浙江省地区」だと考えている。経済的に一番の要因は製造工場が密集しているからである。昨年9月のことである。上海から南京までの距離300kmを新幹線で走った。時速350kmで走る列車のなから窓外を眺めると、工場団地がひっきりなしに現れる。田園風景は僅かしかない。

 新幹線沿いの300kmには、中国最大の工場集積地区が横たわっているのだ。5年前と比較しても工場の集積が進んでいると感じた。この工場団地誘致に成功した各自治体は、財政的に大いに潤った(成功の直接の要因は世界最大の都市の1つである上海の存在である)。

 江蘇省に2、3歩遅れた浙江省のトップたちは下部自治体に発破をかけた。「ドシドシ工場誘致しろ!!そのためには工場団地の開発を積極的にやれ!!成功すれば自治体の財政は豊かになるぞ!!成功度合いで評価査定を明確にする!」と通告されたのだろう。そうなると各自治体の最高トップたち(ほとんどが中国共産党員)は実績競争に奔走するしかない。浙江省北部に位置する桐郷市の役人たちも実績づくりに躍起になった。

 桐郷市はこれといった特色や強みもない、なんの変哲もない都市だ。あるとすれば上海から150kmしか離れていないという地の利だけである。そこで彼らは、誘致企業のターゲットを絞った。「上海から立ち退きを命じられた企業リスト」をまず入手することに専念したという。当然、野中社長のところへも挨拶にきた。

 野中社長は「松江区から近いな」という判断で桐郷市へ移転することを決めたのだ。この工場団地への誘致が成功した暁にはこの市の財政は余裕をもつことになろう。上記したように各自治体のトップたちは、出世をかけた工場誘致競争を強いられているのだ。

(つづく)
(文中の登場人物は仮名です)

【追記】
6~7月にかけて浙江省・桐郷市から舟山工場団地の視察を計画している。詳細は後日、案内する。

 
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