2024年07月16日( 火 )

企業は台湾有事、チャイナリスクをどう捉え、動いているか

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国際政治学者 和田 大樹

台湾台北市の街並み イメージ    最近、筆者は海外進出する日本企業向けの講演を何回か行った。扱ったトピックはもともとの専門分野である国際テロ情勢のほか、台湾情勢や日中関係にも多くの時間を割いた。今日の世界情勢に照らせば、当然ながら企業の関心は後者にあり、国際テロ情勢の説明では関心をもっていなかったような企業関係者たちも、台湾や中国に関する地政学リスクに話が移ると目の色を変えた。

 企業関係者たちが今、台湾や中国に強い関心を寄せるのは当然といえば当然だ。安全保障や経済、先端技術などあらゆる領域で米中覇権競争が展開されるなか、今日台湾情勢はそのなかでも最大の懸念事項となり、米軍関係者からは有事発生のタイミングについて具体的な言及が繰り返されている。そして、台湾有事となれば日中関係の悪化は避けられないことから、スパイ行為の定義を拡大した改正反スパイ法によって駐在員が拘束されたり、反外国制裁法によって自社のサプライチェーンが混乱したりと企業の悩みは膨らんでいる。

 講演後、企業関係者たちからさまざまな質問を受けるのだが、現在企業が悩んでいるのは以下のようなことだ。意外に多いのが、「今のうちから台湾から撤退すべきかどうか」で、筆者としては、「今すぐに中国による侵攻が起こるわけではないので、撤退を急ぐ必要はない」とよく答えている。また、「どのタイミングで、何をきっかけとして駐在員を退避させるべきか」という課題に企業は直面している。これは極めて予測が難しい課題であるが、「台湾国内で独立に向けての動きが強くなった場合、人民解放軍が台湾海峡付近に集中した場合などを1つのトリガーにして検討すべき」と答えている。他にも、自社で働く台湾人社員の退避や安全はどうすべきか、帯同家族は前もって帰国させるべきかなど、企業が考える課題は多岐にわたっている。

 そして、多くの企業関係者は今後の日中関係の行方を心配している。最近ではやはり2014年に施行された反スパイ法の改正案が可決され、夏から施行されることから、駐在員とその帯同家族が突然拘束されることへの懸念が広がっている。また、日本企業の間でも中国依存を減らそうとする動きが徐々に広がっているが、「行動に移そうとしてもそう簡単にはできない」「代替可能なフィットする第3国が見つからない」などといった脱中国の難しさに直面している企業関係者の声も聞かれた。

 今日、中国依存を減らそうと検討している企業は増えてきており、数としては決して多くはないが、国内回帰や第三国シフトにすでに動き出している企業もある。一方、台湾有事を見据えた企業の動きであるが、現在のところ台湾から撤退する企業は筆者周辺ではまだ見られない。しかし、有事を想定した危機管理マニュアルや退避のガイドラインなどを作成しようという動きはかなり広がっているように感じる。動いてはいないが真剣に考え始めたという段階だろう。なお、本稿はあくまでも筆者周辺での動きであって、その全体像を説明、反映したものではない。


<プロフィール>
和田 大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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