2024年12月23日( 月 )

明治神宮外苑の再開発、3,000本伐採で都民の反対が高まる(後)

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元駐スイス大使・東海学園大学名誉教授
村田 光平 氏

 明治神宮外苑(東京都)の再開発問題で、伐採対象の樹木は約1,000本ではなく約3,000本であることが明らかになり、都民の反対がさらに高まっている。市民の声を代弁し活動している元駐スイス大使・東海学園大学名誉教授・村田光平氏に、再開発の問題点と現状について話を聞いた。

東京都は重要な観光資源を損失

元駐スイス大使・東海学園大学名誉教授 村田 光平 氏
元駐スイス大使・東海学園大学名誉教授
村田 光平 氏

    村田氏は5月29日、環境資源の保護活動で知られる(公財)日本ナショナルトラストの顧問として、神宮外苑の再開発問題を理事会で報告した。「東京都にとって重要な観光資源である神宮外苑が再開発で損なわれることは大きな問題です。神宮外苑の樹木が伐採され、高層ビルができて景観が大きく変わることに対し、都民の関心が高まっています」(村田氏)。

 神宮外苑は都内の観光名所であり、とくに紅葉の時期には多くの人々がイチョウ並木の紅葉を見に訪れる。神宮外苑が多くの都民や観光客を惹きつけるのは、明治神宮球場での野球観戦といったスポーツの魅力に加えて、このように緑あふれる景観を楽しめることも大きい。

 神宮外苑は青山通り沿いを除き、都市のなかで自然のある景観を維持することが求められる「風致地区」に指定されている。そのため、もともと建築物の高さは原則15m以下に抑えなければならないなどの規制があった。しかし、2020年東京オリンピック招致にともない、高さ75mの新国立競技場建設計画が明らかになったさい、この近辺の高さ規制の大幅な緩和が行われ、今回の計画に示されたような高い建物を建てることが可能になったのである。今回はさらに、競技場などスポーツ施設の容積を抑え、そのぶんを青山通り沿いの事務所棟などに配分するというやり方で、高層ビルを建てられるようにしている。

 音楽家の故・坂本龍一氏は生前、この再開発計画に反対しており、陳情書を小池百合子都知事に送っていたという。「この問題では東京都が重要な立場にあります。東京都がその気になれば、現行の再開発計画はいつでも止められるでしょう」(村田氏)。

市民の幸福を目指す社会に

神宮外苑のイチョウ並木
神宮外苑のイチョウ並木

    日本イコモスは今回の再開発に関して、東京都の環境アセスメントの評価書に内容に誤りがあることを指摘し再審査を求めていたが、東京都環境影響評価審議会は5月18日、日本イコモスの訴えを退けた。村田氏は、「東京都は環境アセスの評価書について、正確に判断する姿勢が求められています」と話す。

 村田氏は今回の再開発問題をめぐり、市民社会の宝となる考え方、「哲学の教えの三原則」に向き合うことの大切さを訴える。世の中には、人類の歴史や地球を守る「天地の摂理」、不道徳が続くことは許されない「歴史の法則」、あらゆる悪事が暴かれる「老子の天網」の、3つの原則があるという。

 神宮外苑の樹木伐採の見直しを求める署名運動は19万を超える署名が集まっているが、村田氏はこれにからめてこう話す。「都民の反対運動が盛り上がっています。市民の思いを踏みにじる不道徳な行いは、長く続かないのではないでしょうか。人の力では変えられないことでも、哲学の教えの三原則(天地の摂理・歴史の法則・老子の天網)が働いて、どこかの時点で再開発の大幅な見直しがなされるのではないかと予想しています。」

 また、村田氏によれば、日本は今回の再開発問題を経て新しい文明に向けた1つの局面に入った。「感性を重視して和と連帯を尊び、女性の役割が重視される母性文明の時代です。日本は西洋に追いつくことを求めるあまり、力と支配に立脚する父性文明を導入しましたが、その結果、軍国主義、第二次世界大戦での敗戦という破局に至りました。力と支配に立脚する父性文明は破局を生むことに気づくべきではないでしょうか」(村田氏)。実際、敗戦後に導入された、経済至上主義という父性文化は、福島原発事故という破局をもたらした。

 母性文化の担い手とみなされるチャーリー・チャップリンは、映画『独裁者』における有名なスピーチのなかで、「我々は考え過ぎて感じなさ過ぎる。我々が必要としているのは機械よりも人間愛であり、利口さよりも思いやりと優しさである」と訴えている。村田氏も、「市民の最大幸福を求める本来のあるべき社会の姿を取り戻すべき」と訴える。都民の憩いの場であり、多くの人が訪れる神宮外苑だからこそ、建物のスクラップ&ビルドよりも既存のスポーツ施設を活用し、緑豊かな景観を守ることが求められていよう。

 神宮外苑はもともと、渋沢栄一が中心になって「明治神宮奉賛会」という組織がつくられ、全国や海外からの寄付、献木、勤労奉仕により造営されたもの。そうして国民が主体となってつくられた緑地を、明治神宮に献上したものだ。渋沢はそのさい、その「美観を永久に保全すること」を要請しており、かつ「地権者であれど自由に開発していいというものではない」ということを明確に指摘し文書に遺している。村田氏は、「これを無視することは不道徳です。上述の哲学の教えの不道徳の永続は許されないことが想起されます」と警告する。

(了)

【石井 ゆかり】


<プロフィール>
村田 光平
(むらた みつへい)
 1938年東京生まれ。61年東京大学法学部を卒業、外務省入省。フランスで2年語学研。分析課長、中近東第一課長、宮内庁御用掛、在アルジェリア公使、在仏公使、国連局審議官、公正取引委員会官房審議官、在セネガル大使、衆議院渉外部長などを歴任。96年より99年まで駐スイス大使。99年より2011年まで東海学園大学教授。現在、(公財)日本ナショナルトラスト顧問、日本ビジネスインテリジェンス協会顧問、東海学園大学名誉教授、天津科技大学名誉教授。著書に『新しい文明の提唱―未来の世代へ捧げる』(文芸社)、『原子力と日本病』(朝日新聞社)、『現代文明を問う』(日本語・中国語冊子)など。

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