2024年11月14日( 木 )

IAEA報告は海洋放出を承認していない 中国を「非科学的」と断じる日本の傲慢(中)

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共同通信客員論説委員 岡田 充 氏

 日本ビジネスインテリジェンス協会より、共同通信で台北支局長、編集委員、論説委員などを歴任し、現在は客員論説委員を務める岡田充氏による、汚染水海洋排出をめぐる日中関係に関する論考(海峡両岸論153号)を提供していただいたので共有する。

太平洋島しょ国も反対

 中国政府の反対を受け、香港食品衛生管理当局は7月12日、放出が実際に行われれば、福島や東京を含む10都県からの日本の水産物の輸入を禁止すると発表。さらに、中国税関当局が日本の水産物に対する放射性物質の検査を7月から厳格化、鮮魚などの輸出が停止していることが分かり、日中間の外交問題へと発展した。

 放出前から「対抗措置」に出たとも映る中国の対応について、日本メディアは「中国政府は処理水問題を利用しているのではないか、との疑念を禁じ得ない」という社説や、「処理水問題が科学的議論を離れ外交カードと化している」とする政府関係者の見方を紹介するなど、「日本政府応援団」と化して対中非難を煽っている。

 だが反対しているのは中国だけではない。オーストラリア、ニュージーランドとパプアニューギニアなど太平洋島しょ国でつくる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、6月26日、プナ事務局長(マーシャル諸島)が声明を発表した。

 声明でプナ事務局長は、「放射性廃棄物その他の放射性物質」の海洋投棄は「太平洋島しょ国にとって、大きな影響と長期的な憂慮をもたらす」ため、「代替案を含む新たなアプローチが必要であり、責任ある前進の道である」と、海洋放出に反対する態度を表明した。

 太平洋諸島フォーラム(PIF)と日本は、菅義偉首相時代の2021年7月2日、「太平洋・島サミット」(PALM9)をオンラインで開いた。菅氏はその際、「権威主義との競争など新たな挑戦に直面」しているとして、中国の脅威に対抗する結束を呼びかけたが、太平洋島しょ国側の同意を得られず、議論は海水面の上昇や海洋ゴミ、核廃棄物など汚染物質対策に集中した。

 サミット後の首脳宣言には、太平洋諸島フォーラムの加盟国・地域側が「海洋放出に係る日本の発表に関して、国際的な協議、国際法及び独立し検証可能な科学的評価を確保する」のが優先事項であるとの文言が盛り込まれた。

 日本政府・外務省もこの失敗を忘れていないはずだ。

放出を推奨も承認もしていない

 海洋放出の是非を判断するには、IAEA報告書を放出の安全性と正当性の保証とみなせるかどうかにある。ここで最も注意しなければならないのは、報告が「処理水の放出は日本政府が決定することであり、その方針を推奨するものでも承認するものでもない」と明記している点にある。

 つまり放出という政治的決定については、報告書は一切判断していないのだ。報告書が出て以来、政府説明やメディア報道に接した多くの人はこの点を誤解してはいないだろうか。
実をいえば、かくいう私も、報告書は海洋放出を安全とみなしたと思い込んでいた。

 中国の反対を受け、報告書が出るまでの経緯を調べ直した結果、政府と東電がIAEAに審理を求めたものは、「海洋放出の安全性や正当化を求めておらず、放出設備の性能やタンク内処理水中の放射性物質の環境影響などを評価しただけ」という事実が分かった。

 政府とメディアは「国際的安全基準に合致する」という内容を「お墨付き」に、「海洋放出の安全性と正統性」を強調し、報告書があたかも海洋放出の「ゴーサイン」であるかのように報じてきた。これは、政府とメディアが一体となって「自分にとって好都合になるよう、情報の出し方や内容を操作する」ことを意味する、典型的な「印象操作」ではないか。

 「認知戦」の一種とすらいえる。

 IAEAのグロッシ事務局長はNHKとのインタビュー(7月7日)で、次のように語っている。「日本政府は処理水をどう扱ったらよいか聞いてきたわけではなく、基本方針を評価してほしいという要請だった。政治的にいいか悪いかを決めたわけではなく、放出に対する日本の取り組みそのものを調査した。」

 筆者が7月28日「IAEA報告書は『処理水の海洋放出』を承認していない。中国を『非科学的』と切り捨てる日本の傲慢」というタイトルの記事を発表すると、予想以上の反響があった。それから判断すると、「印象操作」は成功し、多くの人が「海洋放出を正当化した」と誤読していた可能性が高いことが分かる。

 その一方、共同通信が7月16日に報じた世論調査結果では、海洋放出に関する政府の説明について「不十分だ」との回答が80.3%に達した。風評被害が起きると思うかについても「大きな被害が起きる」が15.8%、「ある程度起きる」は71.6%で、懸念の声が計87.4%を占めた。印象操作が世論に必ずしも浸透していないことが分かる。

(つづく)

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