2024年11月07日( 木 )

出口の見えないウクライナ戦争-東アジアにおよぼす影響(後)

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防衛研究所
研究幹事 兵頭 慎治 氏

 ロシアがウクライナに侵攻して500日以上が経過した。停戦に向けた動きはみられず、戦争のさらなる長期化が懸念される。ウクライナ戦争に端を発した世界的なインフレや国際社会の分断は続き、欧米と対立を深めるロシアが中国に接近する動きが強まっている。欧米諸国から兵器支援を受けるウクライナ側は、ロシア軍による占領地域の奪還に向けた反転攻勢の動きを見せており、戦闘はさらに激しさを増す恐れがある。長期化の様相を呈するウクライナ戦争は、日本を含めた東アジアの安全保障にどのような影響をおよぼすであろうか。

ロシア初の政権中枢部での武装反乱

ウクライナ イメージ    6月23日、「民間軍事会社」ワグネルを率いるプリコジン氏は、プーチン大統領の「特別軍事作戦」の目的である「ウクライナの非武装化、非ナチ化」を否定したうえで、ウクライナ戦争の前線司令部にあたるロシア南部にある南部軍管区司令部を制圧した後、ワグネルの戦闘員がモスクワ200km手前まで進軍した。途中でロシアの軍用機が破壊され、ロシア兵も死傷する事態となった。この反乱には、スロビキン副司令官など軍上層部が事前に関与したのではないかとの見方もあり、ワグネル派と呼ばれる勢力に対する粛清の動きも始まっている。

 これまでチェチェンのような分離独立派によるテロは発生しているが、ワグネルのような政権中枢の勢力による武装蜂起は、新生ロシアになって初めての事例であった。ワグネルとは、水面下の汚れ仕事を請け負わせるために、プーチン大統領がロシア軍の別動隊としてつくり上げた組織であり、国家予算を投入していたことを認めている。さらにプーチン大統領は、ベラルーシのルカシェンコ大統領の手を借りないと、プリゴジンの乱を収拾することはできなかった。ワグネルの戦闘活動の拠点をベラルーシに移転させることを条件に、今回の武装反乱に関してはロシア国内で罪に問わないこととなった。プーチン政権の裏側を知り尽くすプリゴジン氏を厳罰に処すことはおろか、拘束することさえもできなかったのである。

 これにより、絶対的とされてきたプーチン大統領の統制力あるいは求心力に陰りが見え始めているとの印象を与えることとなった。短期間で終わらせるはずであったウクライナ戦争が長期化し、大きな戦果もないなかで、戦争を決断したプーチン大統領への求心力は徐々に低下していたともいえるであろう。来年3月17日には大統領選挙が予定されており、その前哨戦となる統一地方選挙が今年9月10日に控えている。プーチン大統領が政権内部での亀裂を修復し、高い支持率を維持したままで再選をはたすことができるのかどうかが注目される(編集部注:本記事は7月に脱稿。選挙は与党が圧勝したものの、不正の指摘もなされている)。

東アジアにもたらすウクライナ戦争の余波

 ロシアが自国領とみなす占領地域の奪還をウクライナが行えば、プーチン大統領による核使用のリスクは相対的に高まる。プーチン大統領が核使用に踏み切るケースは、次の2つのケースである。1つ目は「軍事ドクトリン」で公言されている「破壊目的の軍事使用」である。具体的には、通常兵器を用いてロシア領が攻撃され、国家存亡の危機に陥った場合である。2つ目は敵対者の戦意を喪失させるため、「示威的に政治使用」するケースである。戦争敗北でプーチン失脚の恐れが高まった場合、「窮鼠猫を噛む」状況が生まれる。

 プーチン大統領が核使用に踏み切るかどうかは、最終的に米国の出方をどう計算するかによる。ロシアが核を先行使用した場合、米国は通常戦力を用いて、ウクライナ領内や黒海上のロシア軍に攻撃を加える旨、ロシア側に伝えているとみられている。今年のG7の議長国である日本は、5月にゼレンスキー大統領を広島に招いてサミットを主催した。被爆地広島に集結した首脳陣が、核不使用の強いメッセージをロシアに打ち出した点は高く評価され、プーチン大統領にとっても政治的なプレッシャーとなったであろう。

 「破壊されたバフムトが広島に似ていた」。広島を電撃訪問したゼレンスキー大統領は、かつての広島のようにウクライナを復興させたいと強く訴えた。戦争の出口はいまだ見通せないが、ウクライナの将来的な復興に向けた議論を日本が主導していくことが重要である。戦後の復興、災害や原発事故からの復旧など、日本にはこれまで多くの経験とノウハウがある。また、カンボジアでの国際協力の経験から、ウクライナ領土の約3割に埋設された地雷の探知・除去に関しても、日本の貢献が期待されている。

 ウクライナ侵略により国際社会で孤立するロシアは、あらゆる面で中国への依存を深めている。日本周辺地域での中露両軍による連携行動は深まっており、ロシアもついに「対日戦勝記念日(9月3日)」を制定した。軍事支援を求めるロシアは北朝鮮や中国への接近を強めている。こうした動きから、複数の安全保障上の事態が同時または連続して発生する「複合事態」のリスクを懸念する声が高まっている。たとえば、日米の安全保障上の対応を分散させるために、台湾有事の際にロシア軍が北方で別の軍事行動をとることである。ウクライナ戦争の余波は、東アジアの安全保障環境の複雑化というかたちで表れつつある。

 現代でもこれだけの大規模な軍事侵攻が起こり、より多くの犠牲が生まれることを、私たちはこの1年以上目撃してきた。1日でも早く戦火を収めるために、国際社会は何をすべきなのか。こうした惨禍が二度と繰り返されないために、日本ができることは何か。日本も含めた国際社会に突き付けられた課題は大きいといえる。ウクライナ侵攻のような「力による現状変更」が日本周辺でも繰り返されることがないように、今一度、日本の安全障の在り方についても関心を寄せていく必要があるだろう。

(了)


<プロフィール>
兵頭 慎治
(ひょうどう・しんじ)
1968年愛媛県生まれ。94年に上智大学大学院博士前期課程修了、防衛研究所入所。防衛研究所主任研究員などを経て、2023年4月から研究幹事を務める。1996 年~98年、外務省専門調査員(在ロシア日本国大使館)、2001~03年、内閣官房副長官補付内閣参事官補佐を務めた。

(前)

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