2024年12月24日( 火 )

ハマス対イスラエル~軍事的観点から考察する(前)

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防衛研究所 軍事戦略研究室
主任研究官 橋本靖明

これまでの経緯

パレスチナ イメージ    先日より始まったハマスとイスラエルとの紛争は、現在も激化の一途をたどっている。今回は、なぜハマスがあれほど大規模なイスラエルへのテロ攻撃を行ったかについて、その背景を考えてみたいと思う。

 ハマスは、ヨルダン川西岸地区とガザ地区とに分かれているパレスチナのガザ地区を実質的に支配している集団である。これらの両地区はともにパレスチナ国の領土であるが、2007年にパレスチナ政府主流派のファタハと対立したハマスが武力によって制圧したガザ地区は、パレスチナ政府との和解が模索されつつも現在までハマスの実効支配地となっている。彼らは、パレスチナの地からイスラエルを排除することを目標に掲げ、イスラエルに対するテロ行為をしばしば行っており、日本を含め、ヨーロッパの多くの国家やアメリカはハマスをテロリストに認定している。(ただ、ガザ地区にはハマスよりもより過激な反イスラエル団体も存在していることは注目しておいて良い事実である。)

 ハマスのなかで実際にテロ活動を行っているのは、彼らの武装勢力である(エゼディン・アル・)カッサム旅団であり、イランからさまざまな支援を受けていると考えられている。そのハマスが10月7日から数千発のミサイルをイスラエル領に向けて発射、さらには、海路ではゴムボート、空路ではモーター・パラグライダーによってイスラエル領に侵入、1,400人を超えるイスラエル一般国民と兵士を殺害、コンサート会場からは外国人を含む200人以上を人質としてガザ地区に連行したと言われている。

 イスラエルはハマス側のこうした行動に対して、ガザ地区のハマス拠点や関連施設等への空爆を行うという対応を行った。さらに、ガザ地区を完全に封鎖、最貧地域のために領域外からの継続的支援が不可欠なこの地区に対して、いわば兵糧攻めを行っている。最近やっと、エジプト国境のラファ検問所を通って緊急支援物資が届けられ始めているが、ガザ地区に住む200万人以上の住民全体にいきわたるにはほど遠く、燃料の補給が止められているために、病院などの医療インフラ、地中海の海水を濾過して供給されている水道インフラなどが危機に瀕している。世界の多くの国家は、今回のハマスのテロ行為を強く非難するとともに、イスラエルにも自重を求め、ガザ地区に住む一般のパレスチナ人の人道的危機に対する支援再開を求めているが、イスラエル側の了解を得るには至っていない。

イスラエルが受けた衝撃

 イスラエルにとっては、今回のハマスによる一般国民への被害は、国家の存続を危うくするほどの衝撃であったと思われる。1,400人といわれる犠牲者数は決して小さいものではないが、ここではイスラエルの人口からその意味を考えることが有効だろう。イスラエルの人口はわずかに約950万人。日本の都道府県人口で比較してみると、最も人口が多いのは東京都で1,400万人、次いで神奈川県が約920万人、第3位は大阪府で880万人である。イスラエル人は神奈川県民とほぼ同数ということになり、日本の総人口1億2,400万人の7.7%でしかない。この比率で換算すると、イスラエル人犠牲者1,000人は日本人犠牲者1万3,000人に、1,400人ならば1万8,000人以上に相当する。私たちが住むこの日本で、テロによって2万人に近い国民がわずか1日、2日の間に殺害されたと知らされたとき、私たちはどう思うだろうか。しかも、数十年にもわたって大小さまざまな規模のテロが繰り返され、その間、多くの同胞が殺害され続けてきた挙げ句の今回の大きな犠牲者数である。非常に強い怒りを引き起こすことになるのは当然のことだろう。イスラエルの国内は今、まさにその状態であり、ハマスの攻撃が始まるまでは大きな混乱を見せていたイスラエル内政は、一気に挙国一致政権樹立へと変化したのである。

ハマスが攻撃を企てた背景

 では、改めて考えて見よう。今回のハマスによる大規模テロ攻撃の原因とは、一体何だったのだろうか。軍事力に大きな差があるにもかかわらず、ハマスを駆り立てた理由とは何だったのだろうか。

 1つ考えられるのは、昨今のイスラエルとアラブ諸国との間の相次ぐ友好関係樹立である。アメリカのトランプ政権(当時)が仲介することによって、イスラエルは、ペルシャ湾湾岸諸国であるアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンとの間で2020年9月に国交正常化を行った。さらに現在は、同じくアメリカのバイデン政権の支援によってイスラエルとアラブ世界の大国であるサウジアラビアとの間で国交正常化に向けた話し合いが進んでいるという報道がなされていた。さらに、歴史を遡れば、かつては数度にわたる戦争(1948年の第1次中東戦争、56年の第2次中東戦争、67年の第3次中東戦争、73年の第4次中東戦争)の主要な相手国であった、南西側の大国エジプトとの間では、78年にアメリカの仲介によって和平が成立し、94年には東側の隣国ヨルダンとの間で国交を樹立している。そこに今回の湾岸諸国との国交成立、サウジアラビアとの交渉という経緯を見ると、48年の建国以来、西側の地中海を除けば、周囲を敵対国家であるアラブ諸国によって囲まれていたイスラエルが、そのような最も危険な状況から今日、脱しつつあることが分かる。

 他方、ハマスにとってみると、彼らパレスチナ人がもともと住んでいた土地からイスラエルを排除するという彼らの掲げる「看板」は、このようなイスラエルに対する宥和環境が醸成されると、実現不可能な、絵に描いた餅になってしまう。じり貧のハマスはいわば「窮鼠」であり、もっている軍事力では到底対抗しきれないまでも、強力な敵であるイスラエルという「猫」に噛みつくしか残る手がなかったのではないだろうか。ハマスの存在意義を保ち続けるためには、イスラエルが容易に対処しきれないほどの規模での集中的テロ攻撃を行うことで、彼らの存在を世界とアラブ社会に改めてアピールし、イスラエルに宥和的になりつつある各国を再び、ハマス支援の側に立たせることを目論んだとも考えられる。

 しかし、ハマスによる今回の試みは恐らく成功しないと思われる。双方の有する攻撃と防御の能力には相当の開きがあり、ここまで大規模にイスラエルの一般市民を殺害、誘拐したハマスに世界の同情が集まるとは思えない。もちろん、イスラエルが現在実施している対ハマス軍事活動がハマスの構成員以外の一般のパレスチナ人に甚大な被害をもたらしているために、イスラエルの対テロ活動がやり過ぎであり、作戦を即時停止してガザ地区で孤立するテロとは無関係のパレスチナ人への援助を速やかに始めるべきであるという国際的な非難がイスラエルに対して起こっているが、それはそのまま、ハマスへの理解と支援に直結するものではなかろう。今回の問題の直接的原因をつくったのは、イスラエル側ではなくハマス側であったことは周知の事実であるためである。

(つづく)


<プロフィール>
橋本 靖明

防衛研究所 軍事戦略研究室 主任研究官 橋本靖明防衛省防衛研究所軍事戦略研究室主任研究官。防衛研究所にて助手、主任研究官、研究室長、研究部長などを経て現職。その間、政府宇宙政策委員会委員、防衛法学会理事、International Institute of Space Law(国際宇宙法学会)理事、ユトレヒト大学(オランダ)客員研究員、防衛大学校や政策研究大学院大学、駒澤大学講師などを歴任。専門は国際法、安全保障法制。母方は肥前の戦国大名、龍造寺隆信の末裔。

(後)

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