2024年07月01日( 月 )

日本製鉄のUSスチール買収は成功するのか?(中)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

官営八幡製鐵所旧本事務所 イメージ    日本製鉄の前身である新日鉄は国営の八幡製鉄と富士製鉄が1970年に合併して誕生。しかも、八幡製鉄は日本海軍に鋼板や鋼管を供給していた歴史があります。そうした部品は、米国の第二次世界大戦参戦のきっかけとなった真珠湾攻撃に加わった航空母艦、爆撃機、戦艦、潜水艦にも使われていました。

 一般的な米国人の間では、日米が戦火を交えたといった歴史や真珠湾攻撃なども関心外となっています。今では日本は、寿司やアニメ、ビデオゲームといった無害な文化の発信元と見なされ、外国に脅威を与えることはあり得ない国として、受け入れられているようです。 しかし、日米の対立、戦争の歴史が蘇れば、米国人の対日観にも変化が生じることもあるでしょう。

 1920年代の日本は、3カ国海軍条約の下で英国と米国の忠実な同盟国でしたが、真珠湾への奇襲攻撃やシンガポールの英国海軍基地に対する空襲を皮切りに、長く血なまぐさい太平洋戦争を引き起こし、米国を第二次世界大戦に参戦させたという歴史があります。米国人の間では「リメンバー・パールハーバー」が再び、頭をよぎる時が来ないともいえません。激動する国際情勢の下では、今日の親友が明日の最悪の敵になる可能性があるということです。

 鉄はあらゆる近代兵器の建造の基本材料です。言い換えれば、米国にとっても鉄鋼は自国の防衛と対外的な対立を有利に展開するうえで欠かせない戦略的資産に他なりません。米国の政策立案者、とくに国防関係者の間では、米国との相互防衛条約で結ばれ、一見離れがたい同盟国である日本の企業といえども、ロシア、北朝鮮、中国などとの間では民生技術という名目で商業的に関わっている可能性があるとの危惧が払しょくされていないのです。

 そうした観点に立てば、日本政府が、日米安全保障条約を放棄または裏切るよう求める強力な隣国からの圧力に抵抗できるかどうかは「未知の領域」というわけです。要は、日本企業がUSスチールを所有することは二国間の防衛同盟を保証するものではなく、日本が米国の兵器調達能力を低下させ、米国の安全保障上の立場を阻害する恐れがあるとの指摘が出始めているのですが、日本では関心を呼んでいません。 

 第二次世界大戦が終わり、日本が敗戦した後、ハワイのUSSアリゾナとスコフィールド兵舎への攻撃を行った航空母艦を含む軍艦用の鋼材生産のために深くかかわった八幡製鉄が、連合国の占領軍当局によって解散させられました。日本軍による真珠湾への奇襲作戦には米国人の怒りが頂点に達した感があり、ルーズベルト政権は当初、北九州の八幡製鉄の本社と溶鉱炉に最初の原子爆弾を投下する計画を立てたほどです。その後、昭和天皇に民間人の犠牲の可能性を認識させるため、核による報復は人口の多い広島と長崎の都市に切り替えられたと言われています。

 このように、80年前、ホワイトハウスは八幡製鉄を核の火の玉で爆破する準備をしていたわけです。「そんな過去の経緯を忘れ、USスチールを日本製鉄の傘下に押し込めることは許しがたい。もし日本製鉄に身売りするようなら、USスチールの取締役は全員解任すべきだ」。そんな批判が芽生えつつあるのですが、日本製鉄も岸田政権も気づいていないようです。日本政府も日本製鉄もできるだけ早く米国内でくすぶる日本警戒論を把握し、対策を講じる必要があります。

 歴史を紐解けば、1920年代の日米英の三国海軍条約の破棄に遡ることが必要になります。この条約は太平洋での三国軍拡競争を防ぐために作成されたもの。この条約により、英国と米国が日本の海軍のトン数を大幅に制限したため、侮辱されたと受け止めた日本は軍備制限協定から撤退しました。

 その結果、日本帝国海軍は「造船狂」となり、国営の八幡製鉄は、潜水艦や巡視船に加え、大型化する航空母艦や戦艦用の鋼材や鋼板を際限なく供給することになったわけです。このことはあまり知られていませんが、日米間の負の遺産といっても過言ではありません。

(つづく)

浜田和幸(はまだ・かずゆき)
    国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

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