外国人労働者が働く国を選ぶ時代 日本が選ばれる国になるには(前)
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東京大学 社会科学研究所
准教授 永吉希久子 氏外国人労働者について語る場合、日本にとっての必要な労働力という観点から語られることが多い。しかし、それはあくまでも日本側の論理であり、世界的に見れば、外国人労働者を必要とする国はますます増え、今後、労働者をめぐる争奪戦が激しくなると考えられる。日本と産業界が外国人労働者に選ばれる国になるには何が求められているのか。移民問題を専門とする東京大学社会科学研究所准教授の永吉希久子氏に話を聞いた。
不足する国内労働者 追い付かない外国人労働者
──政府は外国人労働者の受け入れを拡充する方針を進めていますが、受入れはどれくらい進んでいるのでしょうか?
永吉希久子氏(以下、永吉) 外交など一部の在留資格の人を除く外国人を雇用する企業は、「外国人雇用状況」の届け出の提出を義務付けられています。これを基にしたデータによれば、2023年10月末時点の外国人労働者数は200万人程度で、就業者数全体の3%程度を占めています。外国人労働者は年々増加していますが、人口全体で見れば、まだ受け入れは限定的だといえるでしょう。
政策での大きな変化としては、18年の出入国管理および難民認定法(以下、入管法)の改正により、在留資格「特定技能」が新設されました。これは人手不足を理由とした外国人労働者の受け入れを初めて公式に認めたものです。特定技能制度では、予測された将来的な労働者不足の程度と、生産性の向上や労働条件の改善などによって確保できるであろう国内労働力の差から算出される、受け入れ上限が設定されています。特定技能1号は19年からの最初の5年間で、対象となる全14分野合計34万5,150人が受け入れ上限と設定されました。この受け入れ上限は「受入れ見込数」とも位置付けられており、特定技能1号の受け入れによって不足する国内労働力を補うことを想定した労働者数になります。コロナ禍の影響もあり、22年8月に受け入れ見込数の見直しがなされましたが、23年12月時点で充足率は全体の6割です。
外国人労働者の受け入れについては、円安などの影響によって日本で働く経済的メリットが低下すると、外国人労働者から選ばれにくくなるといわれています。しかし現在も外国人労働者数は増加傾向にはあり、急に日本に来なくなるということはないと思われます。
出入国管理の制度が厳格で、ビザ申請の手続きが複雑なアジア諸国では、外国人労働者の移動を助ける仲介業がビジネスとして発達しています。こうした仲介業者は人を移動させることで利益を得るので、日本側の顧客の要望に応じて労働者を探そうとします。そのため、日本の側の拡大する需要に合わせて、しばらくは増加傾向が続くと思われます。
しかし、日本にきて働いてもいいという人が枯渇すれば、仲介業者による掘り出しにも限界がきますので、長期的には外国人労働者が欲しくてもなかなか確保できない状況が強まっていく可能性は十分あります。実際、企業や日本側の送り出し機関に話を聞く限りでも、体力的にきつい建設現場などは外国人からも避けられる傾向があり、外国人労働者の確保が厳しくなってきているようです。
日本にくるための負担 新制度・育成就労の課題
──在留資格別では受け入れ状況の展望に違いはありますか。
永吉 技能実習で受け入れている職種は、諸外国でも労働力が不足している職種で、他国との競争が激しい分野であり、今後もその傾向は強まると思います。技能実習制度では賃金をはじめとした労働条件が問題となっており、改善が促されない理由の1つとして、実習生が実習先を変えられず、待遇をめぐる企業側の競争が働かないことが挙げられています。
27年に技能実習は廃止され、新しく育成就労制度が始まりますが、育成就労では、受入れ機関での就労が一定期間を超えると転籍が認められることになっています。これは一見、技能実習制度の問題の改善に見えますが、条件として技能検定試験や日本語能力試験に合格することとされていますので、実際に転籍するのは難しいかもしれません。また、現在は技能実習を修了すれば特定技能に移行できますが、育成就労制度では特定技能への移行に日本語能力試験や技能試験への合格が必要となります。
つまり、育成就労を足がかりに、長く日本で働こうと思えば、これまで以上に日本語能力の習得が必要とされ、労働者の負担は大きくなります。先行研究では、来日前の日本語学習やビザ発給手続きにかかる時間の長さなども、外国人労働者が働く場所として日本を選ぶうえでのコストとして受け取られていることが指摘されています。そのようなことも含めて、外国人労働者の負担と、日本で就労する場合の賃金や労働環境を天秤にかけて、日本で働く価値があるかどうか、外国人労働者の視線が厳しくなっていくことは十分想定しなければいけません。
ベトナムの場合
──外国人労働者が日本にくる場合、どのような負担を背負っているのでしょうか。
永吉 法務省が22年に実施した調査によると、調査に回答した2,184人の技能実習生のうち、55%程度が来日のために借金をしています。現地で発生する費用については、国ごとにそれぞれ事情が違います。
たとえばベトナムは、借金をして来日している人の割合も高く、借金の額も高くなっています。厚生労働省が三菱UFJリサーチコンサルティングに委託して実施した、送り出し機関の調査によれば、ベトナムでは送り出し機関が個人のブローカーを通じて実習生を集めている割合がインドネシアなどと比べて高く、送り出し機関が首都圏に集中している傾向もみられました。現地での労働者の送り出しが進むと、人材がなかなか見つからなくなる場合があります。日本への送り出しがビジネスになっている国では、人が見つからない職種であれば遠くに人を探しに行きます。するとそのために多くの人間が間に入るようになり、結果として実習生の負担が多くなってしまうという悪循環が発生している場合もあります。しかし、その一方で、送り出しの制度がしっかりしている国はそういうことはありません。
送出国の対応が重要
──実習生に負担がかからないように送出国で制度を設けている国はあるのでしょうか。
永吉 フィリピンでは技能実習に関わらず、外国で働く自国労働者保護のための制度が整っています。前述の三菱UFJリサーチコンサルティングの報告書によれば、フィリピンでは技能実習について、書類作成費、医療・社会保険料、最大で給与の1カ月分の仲介斡旋費用以外は、送り出し機関が実習生本人に費用を負担することを禁止しており、来日前の研修費用も含め、その他の費用は受け入れ企業側が負担することになっています。日本へも制度の手続きに従って来日しますので、先の法務省の調査でも、フィリピン人の実習生の支払い費用は著しく低く、ブローカーに対してお金を支払った人は1.6%にとどまっています。
その他の国でも実習生の個人負担を制限するルールはあります。先に例を挙げたベトナムでも実習生の払う手数料上限が定められていますが、必ずしも守られておらず、結果として多くの実習生が来日に際して大きな借金という負担を抱えることになっています。実習生の出国時の負担を減らすには、送出国で実効性のある制度が整備されることが重要です。
──負担軽減のため日本国内の企業ができることはありますか。
永吉 日本企業が適正な送り出しをしている国、送り出し機関を選ぶことが必要です。国際協力機構(JICA)らによって設立された「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム」(JP-MIRAI)には多くの企業が参画していますが、そのなかで、外国人労働者に費用負担を求めない受け入れ制度の構築を目指した取り組みが行われています。こうした取り組みに多くの企業が参加することにより、日本に来る外国人労働者の負担軽減を図ることができます。また、現地の学校と提携してインターンのようなかたちで実習生の受け入れを始めている企業もあります。学校から直接生徒を紹介してもらうかたちになるので、個人のブローカーを介する必要がなく、実習生が負担する紹介費用を減らすことができますし、学校での学びと実習を関連づけることができれば、お金を稼ぐこと以外のメリットも生み出せます。
(つづく)
【寺村朋輝】
<プロフィール>
永吉希久子(ながよし・きくこ)
大阪生まれ。東京大学社会科学研究所、准教授。大阪大学人間科学研究科を修了後(博士(人間科学))、ウメオ大学客員研究員、東北大学文学研究科准教授を経て、現職。専門は社会学で、社会意識や移民の社会統合、格差や不平等について研究をしている。近著に『移民と日本社会:データで読み解く実態と将来像』(中公新書)、編著に『日本の移民統合:全国調査から見る現況と障壁』(明石書店)がある。関連記事
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