外国人労働者が働く国を選ぶ時代 日本が選ばれる国になるには(後)
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東京大学 社会科学研究所
准教授 永吉希久子 氏外国人労働者について語る場合、日本にとっての必要な労働力という観点から語られることが多い。しかし、それはあくまでも日本側の論理であり、世界的に見れば、外国人労働者を必要とする国はますます増え、今後、労働者をめぐる争奪戦が激しくなると考えられる。日本と産業界が外国人労働者に選ばれる国になるには何が求められているのか。移民問題を専門とする東京大学社会科学研究所准教授の永吉希久子氏に話を聞いた。
外国人の立場に立ってキャリアイメージを考える
──外国人労働者に日本で就労することにメリットがあると見なしてもらうためにはどのようなことが有効でしょうか。
永吉 給与水準の上昇や円の価値の上昇などが見込めない、つまり経済的なメリットの拡大が難しいとすると、それ以外の部分で付加価値を付けられるかどうかが問題になります。たとえば、日本に来る労働者が自国に帰った後に役立つようなスキルを身につけられると思ってもらえるようにすることは有効だと思います。現地の日系企業での就労など、日本で身につけた仕事の知識やスキル、日本語能力、日本のビジネス慣習の知識を生かして仕事ができる見通しがもて、帰国後のキャリアイメージが描ければ、日本で働くことにメリットを感じてもらえると思います。いわゆる専門・技術分野の外国人労働者については、高い賃金よりも長期安定雇用に魅力を感じている人が、日本での定住を望むという研究結果もあります。他国と同じもので勝負するよりも、外国人労働者にとって障壁となる部分を解消しながらも、「日本企業の長所」を維持していくことも重要かもしれません。
循環型移民を「使う」国から
日本は変わることができるか──ヨーロッパやアメリカに押し寄せている移民は、移動先の国に定住する定住型移民とされますが、一方で、日本に来る労働者は最終的に自国に帰ることを想定した循環型であるといわれています。
永吉 たしかに日本も含むアジア圏では、一時的な滞在者として外国人労働者を受け入れているといわれます。日本で働いた労働者がキャリアやその他の人生設計を考えて、本人の前向きな意思で自国に帰ることを選ぶのならば、外国人労働者本人にとっても、そしてせっかく育てた自国の労働者を奪われずにすむ送り出し国にとっても、いいことだと思います。しかし、帰国の選択が日本で暮らしていけないからという後ろ向きの理由で行われるならば、一時的なものとしての外国人労働者の受入は、外国人労働者や送り出し国とのWin-Winの関係とはいえません。かつて日本ではそのように、外国人労働者を都合よく利用して、必要がなくなったら自国に帰ってもらう労働力として扱った過去がありました。
1990年の入管法改正で在留資格「定住者」が創設され、日系人三世が日本で就労して暮らせるようになりました。これが労働者不足を補うためであったのかどうかは、意見が分かれるところですが、この在留資格が職種や働き方に制約をもたないものであったことにより、就労系の在留資格では外国人労働者が受け入れられない製造業の現業職労働者の不足を、日系南米人が埋める役割をはたしたことは事実です。その結果、日系人の多くを占めていた在日ブラジル人は2007年までに30万人に達しました。その多くは派遣などの非正規雇用のかたちで働いていたのですが、08年のリーマン・ショックが発生した際、自動車産業などの製造業を中心に多くの人が雇止めにあい、仕事を失いました。
「定住者」の在留資格では、職を失っても在留資格を失うことはありません。しかし、厚生労働省は09~10年3月にかけて「日系人離職者に対する帰国支援事業」を実施し、同じ在留資格での再度の入国を行わないことを条件として、帰国支援金を支給し、帰国を促す事業を行いました。この事業で2万人以上の日系人が帰国しました。これは日本側の都合だけで、一時的な労働者として外国人労働者を扱った例といえるでしょう。
そもそも、「一時的な外国人労働者の受け入れにより、労働者の不足を補う」というスタンスは、日本にきてくれる労働者が常に存在することが前提です。しかし、この前提がいつまでも成り立つとは限りません。
働き続けてもらうには家族の暮らしが重要
──これからの日本は恒常的に国内の労働者人口が不足する段階に入り、外国人労働者でも長年会社で働いて重要な戦力になってくれた人には、ずっと働き続けて欲しいと考える企業も増えています。
永吉 外国人労働者に日本に残ってもらうようにするには、外国人労働者が日本で暮らしていくうえで障壁になっているものを取り除いていく必要があります。もちろん賃金などの労働条件や、労働環境も重要になりますが、職場だけが問題ではありません。家族とともに健やかに暮らせるかという問題はとても重要です。
まず、労働者として日本に来る人が、海外から日本に配偶者や子どもを連れてくるための高いハードルが定住の障壁となっています。そもそも技能実習では配偶者や子どもを日本に連れてくることはできません。今後創設される育成就労でも家族の帯同は認められないとされています。技能実習3年(最長5年)、育成就労3年の後につながる、5年間の特定技能1号でも同様です。特定技能2号になって初めて配偶者と子どもを連れてくることができます。つまり、技能実習からはじめた場合、10年近く家族と離れて過ごす、あるいは家族形成を延期する必要があります。そのような在留資格上の制約は、外国人労働者にとって日本に定住することを現実的に考えにくくしています。
そのうえで、日本に配偶者や子どもを連れてきた場合でも暮らしやすいかどうか、子どもを育てる環境として良いかなども問題になってきます。日本の学校は「モノカルチャリズム」を特徴とするといわれており、多くの学校が、子どもを海外から連れてきた場合に、日本語が話せない子たちに対応できるような状況にはなっていません。また配偶者が「家族滞在」の在留資格で滞在する場合、労働時間に制約があり、パートのような働き方しかできなくなっています。銀行口座も簡単につくることができません。
外国人の住宅問題 社会の分断を防ぐには
永吉 さらに、とくに大きな問題として、住宅の問題があります。日本では差別を禁止する法律がないため、外国人であることを理由に入居を断られるとか、日本人の保証人を用意できず借りられなかったなどの例が多く見られます。法務省の委託事業として人権教育啓発推進センターが外国籍住民を対象に実施した調査では、4割近くがこのような経験をしていました。日本人、韓国人、中国人が、類似の文面で賃貸情報サイトから東京23区の物件に問い合わせを行った結果を比較したSugasawaとHaranoの研究では、韓国人や中国人の場合、肯定的な回答を得る確率が13%低かったという結果も出ています。
住宅差別があると、結果として外国人に部屋を貸してくれる物件、地域に偏りが生じて一定の場所に外国人が集まるようになります。同じ出身国同士の人間で集住して、コミュニティを形成するのは本人たちにとって安心でき、必要な情報を得やすいなどのメリットもあります。しかし、その反面、特定の地域への急激な外国人住民の増加は、日本人住民との軋轢が発生しやすい状況にもなります。
同じことは仕事についてもいえます。そもそも外国人労働者は日本人が不足する職種、企業で雇用されやすいため、そうした職種や企業に集中しやすくなりますが、雇用差別が起これば、そうした傾向はさらに強まります。これが集住と合わせて発展していくと、働く場所でも住んでいる場所でもほぼ自分と同じ国の人としか接しないという環境が出来上がっていく可能性もあります。職業は経済力に関わりますし、出身国の違いと居住地の違い、社会経済的地位の違いが重なれば、社会のなかに分断が生まれてしまう可能性もあります。そうした意味で、住宅差別をはじめとした差別は、差別される側にとって深刻な問題であるだけでなく、社会全体にも問題としてふりかかります。今後誰にとっても暮らしやすい社会をつくるためには、日本人の側も変わっていく必要があります。
(了)
【寺村朋輝】
<プロフィール>
永吉希久子(ながよし・きくこ)
大阪生まれ。東京大学社会科学研究所、准教授。大阪大学人間科学研究科を修了後(博士(人間科学))、ウメオ大学客員研究員、東北大学文学研究科准教授を経て、現職。専門は社会学で、社会意識や移民の社会統合、格差や不平等について研究をしている。近著に『移民と日本社会:データで読み解く実態と将来像』(中公新書)、編著に『日本の移民統合:全国調査から見る現況と障壁』(明石書店)がある。関連記事
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