日本製鉄によるUSスチール買収阻止 中国の見方と狙い
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国際政治学者 和田大樹
新年そうそう、バイデン氏が日本製鉄によるUSスチール買収に「NO」を突き付けたことで、日本では米政権への疑念や不信感が当然ながら広がっている。反発は日本国内だけでなく、バイデン政権内部やUSスチール側からも聞かれ、バイデン氏は来年秋の中間選挙、次回の大統領選において民主党陣営がより良い政治的環境にいられるよう、また、自身のレガシーづくりのために買収阻止を発表したと考えられる。また、日本製鉄と中国との関係が完全に払拭できないという要素も影響した可能性があろう。
だが、バイデン政権は2022年10月、中国による先端半導体の軍事転用という安全保障上の理由によって同分野における対中輸出規制を強化し、日本にも足並みをそろえるよう要請した(その後日本はそれに応じた)。また、戦略物資や先端技術における対中優位性の確保という観点から、バイデン政権は同盟国や友好国とのサプライチェーン強靭化を重視するなど、経済安全保障上の協力も率先的に進めてきた。中国が世界の鉄鋼市場で6割のシェアを持つ中、今回の買収阻止は日米間の経済安全保障上の協力に逆行するものであり、バイデン政権の矛盾、非一貫性を露呈するものになったといえよう。
一方、我々としてはもう1つの動きに着目する必要があろう。中国共産党機関紙・人民日報系の『環球時報』は1月6日、バイデン氏が日本製鉄によるUSスチール買収を阻止する決断を下したことを大々的に報じ、日本企業を失望させ、米国は疑問をもたれるようになったと強調した。国営の新華社通信も同様に、政治的配慮が経済合理性を上回り、国家安全保障の概念を拡大解釈した保護主義の1つのケースに過ぎず、米国の覇権的地位を脅かせば同盟国やその企業であろうが米国の標的になると指摘した。
今回の買収阻止は日米関係に1つの課題を突き付けることになったが、中国はこれを米国による自滅行為と捉えるだろう。バイデン政権が中国による経済的威圧や過剰生産を問題視し、G7など同盟国や友好国と協力して対中共同歩調を醸成しようとすることに中国は不満を募らせてきた。とくに、バイデン政権が日本やオランダなど同盟国を交えて先端半導体分野の対中貿易規制を強化することに不満をもち、一昨年夏の日本産水産物の全面輸入停止は日本に対する対抗措置の一環だろう。
しかし、それにも雪解けが訪れようとしている。バイデン政権以上に露骨に保護貿易主義を示すトランプ政権が発足することになり、今日、中国としては米国による保護貿易主義こそがグローバル経済、自由貿易にとって脅威であることを内外に強調し、バイデン時代に醸成された対中共同歩調にくさびを打ち込み、米国と日本、欧州をデカップリングさせ、グローバルサウスなど諸外国との経済、貿易関係を維持、強化する狙いがあろう。米国大統領選後の昨年11月、習近平国家主席はブラジルで開催されたG20の会議で、中国は多国間主義と国連を中心とする国際システムの重要性を共有し、孤立主義や保護主義に反対し、開かれた世界経済を構築する必要があると強調した。これは保護主義的な姿勢を強めるトランプ氏を意識した発言だろう。
近年、日本企業の間では脱中国依存の動きが広がってきたが、今回の買収阻止も影響し、米国への警戒感も広がっている。今日の世界は米中どちらかではなく、グローバルサウスなど途上国といかに関係を構築するかが重要であるが、中国としては日本との経済、貿易関係で積極的な歩み寄りを示してくる可能性がある。日本企業による脱中国依存の動きがすぐに収まることはないだろうが、日本企業にとっては大きな変化が生じようとしている。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap法人名
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