【特別寄稿】内憂外患の経済環境と地方創生の行方(後)
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明治学院大学国際学部
教授 熊倉正修 氏物価高や金利上昇に政治の混乱が重なり、先行きの不透明感が強まっている。石破茂首相は財政再建と地方創生に意欲的だったが、衆院選の大敗によって本人が望む政策を実現できる余地は小さくなった。地方の企業や自治体は地域経済の地盤沈下を食い止めるべく、総力を挙げて知恵を絞る必要がある。
混迷する政局と地方の課題
石破茂首相はもともと健全財政派に近い考えの持ち主だったが、衆院選の大敗によって責任ある政策運営は不可能になった。本稿の執筆時点(24年11月末)では、衆院選で議席を増やした国民民主党が7~8兆円の歳入減をもたらす政策を与党に迫っている。単独で与党の座を狙う力はないが一定数の議席を有する政党にとっては、無責任な人気取り政策を推進し、その後始末を与党に押し付けることが合理的である。しかしそれが続けば財政危機が本当に顕在化するだろう。
残念ながら、個人や企業が国内外の政治と経済の混乱に対処する手段は限られている。石破首相は地方創生にも強い関心を示していたが、そうした首相が就任直後から手足を縛られてしまったことは不幸である。
自民党はもともと西南日本を中心とした非都市圏が支持基盤であり、地方の声を国政に届ける役割を担っていた。しかし都市圏への人口移動が続き、特定の政党を支持しない有権者が増加するなか、与野党ともに都市住民の意向を意識せざるを得なくなっている。国民民主党が地方の自治体の財政基盤を揺るがしかねない政策を主張して憚らないのもそのためである。
ただし今日の地方経済の疲弊や地域格差の責任の一端は自民党政権にある。政府はこれまで散発的に地方創生策を打ち出す一方、企業や人口の東京一極集中を促しかねない政策も実施してきたからだ。その一例が1990年代以降の大学設置基準の緩和と2002年の工場等制限法の廃止である。それによって都市部の私立大学が域外から入学者を集めることが容易になり、雇用も都市圏にいっそう集中しやすくなった。
1990年代前半以前は進学や就職を機会に地方から上京する若者が男性に偏っていたため、首都圏では若年の男性人口が女性人口を大幅に上回っていた。しかし2000年代に入ると進学を機に上京する女性が増え、卒業後も帰郷せずに首都圏にとどまる人が増加した。その結果、今日では多くの地方において若年の女性人口が男性人口を大幅に下回っている。
こうした傾向は北関東や東北、北陸地方などに顕著である。その背景には、これらの地域と首都圏の間に人口吸引力をもつ中堅都市が存在しないこと、男系中心の大家族の伝統が根強く、夫の両親との同居を嫌う女性が帰郷を躊躇しやすいことがあるようである。これらの地域は出生率も非常に低く、活気を保つことが難しくなっている。
一方、九州地方では現在も若年の女性人口が男性人口を上回る地域が多く、出生率も他地域に比べて格段に高い。しかしこうした状況がいつまで続くかはわからない。西南日本では福岡市とその周辺が地域経済のハブ機能を辛うじて維持しているが、それが失われると経済活動と人流が一気に停滞する可能性も排除できない。
東北日本と西南日本の違いが示唆するのは、女性に好まれない地域は衰退するということである。若年女性にとって魅力的な地域とは、将来に希望をもてる雇用機会があり、慣習に囚われずに自分らしい人生を追求できる地域だろう。これは若年男性にとっても同じだと思われる。
内憂外患の経済環境と国政の混乱は外的ショックへの耐性が低い地方にとって心配の種だが、悩んでいても仕方がない。各地の企業や自治体、教育機関が小異を捨てて連携を強め、産業の地盤沈下を食い止めながら次世代が希望をもてる社会の実現を目指すしかない。25年がそのための第一歩になることを望みたい。
(了)
<プロフィール>
熊倉正修(くまくら・まさなが)
明治学院大学国際学部教授。1967年生まれ。東京大学卒、ケンブリッジ大学Ph.D.。アジア経済研究所、大阪市立大学などを経て現職。専門は国際金融論、比較経済政策、高等教育論。著書に『日本のマクロ経済政策-未熟な民主政治の帰結』(岩波新書)、Japan in the World Economy: An Introduction to International Economics(大学教育出版)など。関連記事
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