【小売最前線】変化を恐れない者だけが生き残る テクノロジーと市場の進化が小売業界にもたらす未来(前)
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これから待ち構える熾烈な小売競争はテクノロジーへの対応が勝敗を分ける。アマゾンの成功から学ぶべき教訓は、変化に飛び込む勇気と適応力だ。臨界点に達しつつある市場環境を前に、覚悟ある小売業者だけが生き残ることになる。
テクノロジーという世代交代
生き残るのは最も強いもの、より賢いものではなく変化に対応できたもの。言い古された言葉だ。太平洋戦争開戦とほぼ同時に就航した戦艦大和。史上最大の排水量、主砲を備えた怪物艦だった。しかし、アメリカ空母艦載機によってあっけない最期を遂げた。
公共交通機関に乗り込むと、その半数がスマホ片手という光景は珍しくない。SNSの世界では新聞、テレビがオールドメディアと揶揄される。ネットの海で玉石混交の情報のなかを、参加者は年齢、性別に関係なく自分なりに泳ぎ回り、目的地にたどり着く。
1995年、アマゾンはオンラインで小売業界に切り込んだ。ガレージでスタートしたというアマゾンの創業翌年の売上は当時の為替換算で5,600万円。3,300万円余りの赤字決算だ。手がけたのは書籍販売。当時、書籍といえばバーンズ&ノーブルが最大手で、2008年のピーク時には全米に725店舗を展開した。アマゾンの主事業が書籍のオンライン販売と聞いたとき、小売関係者のだれもが鼻で笑った。
ところが、短い時の流れのなかでバーンズ&ノーブルはヘッジファンドに買収され、アマゾンはウォルマートに次ぐ世界第2位の小売業に姿を変えた。テクノロジーの革新がもたらした結果だ。
環境変化に対応する先を見る投資姿勢
アメリカの感謝祭の翌日、すなわち11月の第4金曜日、いわゆるブラックフライデーだ。50世帯余りが入居する福岡市近郊のあるマンションエントランスで配送会社のドライバーが伝票片手にインターフォンに話しかける。傍らには十数個の段ボールが台車に載っている。箱にあるのはアマゾンのロゴ。スタート時に書籍という小さなカテゴリーだけでスタートした同社は現在、取り扱い点数2億種類、「ないものはない」というところまで拡大した。2000年、我が国に上陸したアマゾンは、日本国内だけでも23年の売上高が3兆6,000億円余りとセブン&アイ、イオンに次ぐ巨大小売に成長した。世界全体では売上高86兆円まで達する。
さらに注目すべきは、アマゾンの稼ぎ頭は物販ではなく、06年に始めたクラウドコンピューティング事業「Amazon Web Services(AWS)」であることだ。年間売上高は全体の15%あまりに過ぎないものの、利益面では3.7兆円という同社の物販事業の1.6倍の利益を稼ぎ出す。アマゾンの特徴は試行錯誤を重ねながらも利益より投資優先という姿勢を貫いたことだ。選択した事業に拡大のための実験と投資を繰り返している。
アマゾンに委ねたWFM
17年、アマゾンはオーガニック食品を数多く取り扱う高級スーパーのホールフーズ・マーケット(WFM)を137億ドルで買収した。我が国からも見学者が頻繁に訪れていたWFMの当時の売上は160億ドル。現在、それは220億ドルにまで成長している。業態、収益性ともに評価が高かったWFMを創業トップだったジョン・マッキーがアマゾンに売却した理由はその将来を見据えてのことだ。
堅実な成長を続けていたWFMだったが、15年あたりから、既存店の業績の頭打ちと出店地の問題に直面していた。従来の高品質、オーガニック、多店舗展開を基本とする経営手法では暗礁に乗り上げると見たマッキーはアマゾン創業者・ジェフ・ベゾスの異次元発想に活路を託した。あとを受けたアマゾンは試行錯誤を重ねながらも新しく業態と価格に手を加えながら買収から5年余りでその売上高を1.4倍にまで伸ばし、マッキーはいま、自らの決断が正しかったと述懐する。
食料品小売競争のカギ テクノロジー武装
USセンサスから推計するとアメリカの食料品の市場規模は小売市場全体の21.5%、1兆7,800億ドルと推計される。一方、家計調査から推計する日本のそれは39兆円、小売市場全体の23.9%だ。
両者の大きな違いは大手スーパーの市場占拠率だ。アメリカは上位6社で51%強のシェア率だが我が国のそれは21.9%に過ぎない。ここを考えると、ドラッグストアやコンビニも含めた食料品小売の競争は今後さらに熾烈を極めることが予想される。
その熾烈のなかの変革手段がテクノロジー利用の競争力強化とM&Aだ。いま、食品小売業界にもオンラインと宅配の流れが押し寄せる。我が国の食品宅配はそのコストが粗利益と見合わないため、長い間、一部ローカルスーパー以外での成功事例は稀だった。アメリカでも食品のオンライン率は10%に過ぎない。
しかし、時代によって市場のニーズは大きく変わる。アメリカでは低所得者の店といわれたウォルマートの売上高が伸びている。理由は2つだ。1つはインフレ対策で高所得者層の来店が増えたこと。もう1つはオンラインサービスだ。ウォルマートは従来型の出店に代えてオンラインに舵を切った。事前にネットで注文しておけば、お客は店の駐車場まで行き、アプリで連絡すれば従業員が車まで届けてくれる。カーブサイドピックアップというサービスだ。ウォルマートのオンライン参入はアマゾンを意識したものと言っていいだろう。やがてアマゾンはスーパー各社との提携という手段でスーパー事業に参画する。
我が国でもコンビニが宅配を始めた。大手ではイオンが英国のオカドと提携した大規模配送センターを使ったオンライン宅配に乗り出し、国内最大の食品スーパーのライフはアマゾンと提携したオンライン宅配を開始している。
このことは今後の消費市場の変化の兆しを予感させる。高齢化と労働力不足による女性就業率の向上は、リアル店舗への来店数の減少に直結する。それをカバーしなければ、既存店舗の売上前年割れは避けられない。いま、損益分岐点が95%を下回るという小売業は一部ドラッグストアを除けばほぼ皆無だろう。つまり、既存店舗が前年対比95%を割れば、赤字ということになる。現状維持経営では赤字転落の店舗続出もあり得る。これら、環境変化の現実を考える解決策はテクノロジーによる経営転換しかないということになる。
(つづく)
【神戸彲】
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