【特別対談】福岡から羽ばたく 伝統と創造に挑戦する芸術家たち(後)

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和楽団ジャパンマーベラス
団長 西口勝 氏
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アートパフォーマー
カラリズムリサ 氏

 海外から日本の文化・芸術への関心が高まるなかで、福岡市を拠点に活躍するアーティストがますます注目を集めている。伝統を受け継ぎ新しい時代の創造に挑み続ける和楽団ジャパンマーベラスの西口勝団長と、カラリズムリサ氏の特別対談をお届けする。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役社長 緒方克美)

行政の文化支援について

 ──コロナでは文化芸術が大きな打撃を受けましたが、政府の対応は遅かったと思います。たとえば、ドイツが文化芸術に対してすぐに補助を決めたのに対して、日本政府はすぐに補助しなかったですよね。日本政府は文化芸術を趣味嗜好程度の捉え方で、ヨーロッパとの違いが際立っていました。

 西口 私もフランスやイギリスに公演に行ったりしますが、国レベルで行政の対応が日本とまったく違うことに気づかされます。歴史的な建物や美術品ばかりでなく、芸術家についても保護が行き届いて音楽家などで公務員として地位を得ている人たちがたくさんいますが、日本ではそういう施策がまったくない。

 日本政府も芸術文化を支援していますということになっていて、たしかに歌舞伎、相撲などには公演に際して手厚い補助がありますが、それ以外の地域や地方で頑張っている芸術家たちに対しては、学校公演などで舞台芸術鑑賞を推進しますという掛け声にとどまっているというのが現状です。それは結局、芸術家がどこでお金が必要で、どうやって生活していくかをちゃんと理解できていないということだと思います。

 たとえば、地方自治体から依頼される学校の音楽鑑賞会なども、まったく採算が合わない事業を依頼されることがあります。こちらは人件費もかかり、楽器も管理し運搬しなければならない。しかも人件費もその他コストも高騰しています。ところが行政側の算出基準は、公務員の出張時の1時間あたりの金額などというもので、こちら側の現実的コストにまったく合わないのです。それでいて公演時間については行政側の事情で、もうちょっと時間を長くしてほしいなどと要求されたりします。

 芸術家は伝統的な遺産や知的財産をこれからも守らなければなりませんが、そこに専念するには生活できないといけません。しかし技術はあっても食えないから、結局、別の仕事を掛け持ちすることになる。芸術のクオリティを維持するためには芸術家の地位についての施策が必要です。私はそのために現場で頑張るアーティストをもっと見える化して、支援につなげるような情報発信をしていきたいと思っています。

教育とアート

 ──行政というと教育にもかかわりますが、教育におけるアートの扱いについてどう思いますか。

 リサ 現状の教育現場においてアートがどのような位置づけを与えられているか、思うところはたくさんあります。たとえば、美術の時間でアートといえばレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』を美しい油絵として教えたりしますが、どうしても西洋中心のアート観になってしまいがちです。もっと自国で培われたアートの良さを伝えていくべきだと思います。

 また、アートの時間というのは、自分自身の表現や、コミュニケーションを磨く時間、アイデンティティーを育てる時間になり得ます。つまり、自分が何者で何を欲しているのか、どういうところで生まれたのか、どういう役割をはたして生きることができるのかを探す時間になるということです。

 海外ではすでにアート教育におけるそういう方向性が重視されていますが、日本ではどうしてもうまく絵を描きましょうとか、絵の作者や何年に描かれたかという知識の部分が先行してしまいます。そういう教育の現実が、行政から芸術に対する上辺だけの支援にもつながっていると思います。

 教育の在り方については、日本の戦後教育の成り立ちと深いかかわりがあると思いますが、そういう歴史をよく認識して、これからは教育にどうやって向き合っていくべきかを真剣に考える時代にきていると思います。知識よりも、生き方や、コンセプトが求められる時代になりつつあるからこそ、アートがはたす役割も大きくなっています。これから本当の意味での「アート」が広まってくれると嬉しいと思います。

クールジャパンと求められる日本体験

 ──日本のエンタメは世界でとても注目されつつあります。

 西口 YouTubeで見るばかりでなく、実際にそういうものを見るために日本に来る外国人観光客が増えています。また、日本にすでに何回もきて、東京、京都、大阪、九州にも来て、主な観光地をめぐったり、紅葉を見たり、おいしいものを食べることをやり尽くした人たちの間では、これからは体験型、たとえば和太鼓、博多織、茶道、絵付け、焼き物などを体験できるアクティビティへの需要が高まっていくと思います。

 その方たちに提供できる日本のコンテンツはたくさんあって、実は日本の企業もアーティスト自身もそのことに気づいていないものがあります。そこに私たちのビジネスチャンスがあると思います。たとえば、リサさんの物語性があるアートはとても可能性があると思っていて、アートと太鼓のコラボは海外のお客さんにとてもインパクトを与えると思います。

 リサ アートと太鼓の融合はきっと歴史上にもあったと思いますが、改めてそこを融合させると再発見があって、新しいものが生まれるんじゃないかと思います。

 ところで、私も舞台公演として何回も多くの人と共演したりしましたが、300人ものお客さんを招いたりしたときは、とても大変でした。プロジェクトをまとめることも大変ですし、ビジネスとしてやっていく責任感の大きさが違うと感じました。私は1人でやっているので、西口さんのように団員さんを抱えて活動するのは責任も重大で、本当にすごいと思います。

 西口 たしかに大変ですが、たとえば2時間も公演ができるのはメンバーがいるからこそできるのであって、お互いに責任を分け合って成立しているということもあります。

 リサ お互いの人を信じる力が、すばらしい表現につながっているのだと思います。

若い人を育てる集団芸術の可能性

 西口 私たちのチームでは若い子たちが一生懸命頑張っています。全員がプロというわけじゃありません。学生もいるし、社会人もいる。太鼓が好きだからみんな頑張っている。彼らの頑張りをどう演出するかってことも大切ですが、彼らを抱える僕らには責任があるので、いろいろなところに営業に行って、企業のイベントごとなどで演奏依頼を受けて、それを従業員の給与や環境整備に投資しています。その先に組織としての維持も考えなくてはいけません。企業の方々に私たちの活動をご理解いただき、応援していただいていることがとても励みになっています。

 ポジティブな姿勢で取り組まないと、若い子たちはついてきません。面白そうなことを若い子たち自身のアイデアで実現する企画を、僕が演出もしない口も出さない舞台を毎年夏にやっています。企画も採算も若い子たちだけで考えて完結させて、お客さんに何を言われようが僕は何も言いません。何か言われたことを気にしてばかりいると結局、技術も気持ちも伸びてこない。自分たちで創意工夫させて伸ばしていくことが成長につながると強く感じます。

 若い子たちには私たちにはないアイデアや可能性があります。しかし、私たちが口を出すと結局今まで通りにしかならない。私たちは若い人たちをバックアップするだけで、批判されても失敗しても、自分たちで体験させなくてはなりません。戦後何もないなかで創意工夫した人たちがいろいろな分野を切り拓いてきました。今は恵まれた環境の人たちが多いですが、恵まれている人が恵まれた環境のなかで何かを急につくり出そうとしても、経験がなければ無理です。若い人たちには、「投げ出さなければいいよ」ぐらいの感じで任せてやらせる方が彼らはよく学びます。どうやって未来に向かって世代を紡いでいくかということが、常に大切だと思っています。

独創的な世界への挑戦

 ──世界でリサさんのパフォーマンスと同じことをしている人はいますか。

 リサ ライブペイントは珍しくありませんが、物語性を組み込んだものは珍しいかもしれません。私はペイント、音楽、ダンス、物語を融合した活動を目指しているおかげで、西口さんをはじめとしてさまざまなジャンルの人とお話させてもらっていて、それが私にとって居心地がいいと思っています。いろいろなことを学んで、いいとこ取りできればと思っています。だから絵もダンスもまだ習っていますし、そこで勉強しつつ自分の表現の道を確立していくスタンスでやっています。

 ──西口さんの和太鼓はすでにジャンルとして確立されて、競合が数多あるなかで競っていく難しさがある一方で、リサさんはまったく新しいジャンルで実際に見てみないとわからないところもあるから、最初の食いつきが難しいですよね。その点ではハイリスクハイリターンみたいなところがありますね。

 リサ 表現に触れる場合、ある程度皆さん芸術のタイプを想定して鑑賞に参加しますから、私の表現は「何それ?」っていうところから始まるかもしれませんね。

 西口 リサさんのパフォーマンスは、真似しようと思っても真似できないものがあると思います。似たようなことはできても自分がやっていることに対してよほど深い理解がないと深めることができない世界ですよね。前回も博多どんたくでのパフォーマンスを見ましたけど、最初は何を描いているんだろうというような感じで見ていたのですが、最後は発見があっていつも驚かされるんです。

 ──事前にはどのような準備をするのですか。

 リサ 事前に構成を用意して、この音楽までにこれを描き終えてみたいなことを組み立てます。そこに動きとしてのパフォーマンスで即興性が加わることになるのですが、描く順番とタイミングを音楽に合わせて進行します。音楽がとても重要で、音楽と視覚的なアートが一致したときに、お客さんもゾクってくるみたいで、私もその波に乗るように、なるべく動きをきれいに、感情を込めて表情とか演劇に近いパフォーマンスをしています。

 西口 それがあるから面白いですね。パフォーマンスと絵がマッチングするところに感情を揺さぶられてすごく面白さを感じます。やはり感情をいかにして惹きつけられるかが重要ですね。

 ──これからの目標はありますか。

 リサ そうですね、感情とアートが一体になる瞬間を舞台で多くの人に感じてもらうために、これからも新しいことに挑戦しながら、自分の表現を続けていきたいと思います。
 西口 私たちは改めて海外公演を本格的に模索していきたいです。福岡発の和楽器エンターテイメントとして世界に飛び出していきたいと考えています。

(了)

【文・構成:寺村朋輝】


<プロフィール & INFORMATION>
和楽団ジャパンマーベラス

福岡市を拠点に活動するプロの和太鼓エンターテインメント集団。和太鼓を中心に篠笛、三味線、尺八、琴などの日本の伝統楽器を駆使し、独自のパフォーマンスを展開している。2009年の結成以来、国内外で精力的に公演を行い、14年から参加しているイギリスの芸術祭「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」では3度にわたり最高評価の★5を獲得、スリーウィークス・エディターズ・アワードを受賞するなど高い評価を受けた。17年、第25回福岡県文化賞受賞。23年、第47回福岡市文化賞受賞。
TEL :092-283-6521
MAIL:japanmarvelous@yahoo.co.jp
URL :http://japanmarvelous.com


カラリズムリサ
福岡県宗像市出身のアートパフォーマー。ペイント、ダンス、音楽、物語を融合させた独自の表現スタイルを追求する。ステージ上で音楽に合わせて短時間で大きな絵を描き上げるもので、アートのなかにダンスや物語性を取り入れた総合芸術として国内外で高く評価されている。NY発祥ライブペイント大会「Art Battle Japan」東京大会、福岡大会優勝。蛯名健一主催パフォーマンス大会「Like the BEST!」優勝。NYアートチームJCAT公認アンバサダー、小倉城公認アンバサダー、(一社)日本美術家連盟会員。
URL :https://colorhythm.main.jp

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