【連載7】沈没していくアメリカを彼岸から見て~トランプ再選と変容するアメリカ

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シリーズ『ドナルド・トランプとは何者か』の第7回 
 アジア・インスティチュート理事長として日米韓で活動をするエマニュエル・パストリッチ博士(ハーバード大)。2020年、24年と米国で大統領選挙出馬を模索、トランプ氏らとは異なる選択肢を提供しようとするなど、言論のみならず理念を実践に結び付けようとする行動派の知識人だ。同氏はトランプ氏のもとでアメリカが歴史的に見ても大きく変化しており、日本はその変革の本質を理解すべきと訴える。2年前、30年ぶりに日本に戻って拠点を構え、活動を続ける同氏に話を聞いた。

(聞き手:(株)データ・マックス代表取締役会長 児玉直)

エマニュエル・パストリッチ博士
エマニュエル・パストリッチ博士

    ──トランプ氏はどのような人物だとお考えでしょうか?

 パストリッチ アメリカの実情および政権の性格、有り様、構造について率直に話します。トランプ大統領は就任以前、政治に全然関わっていませんでしたし、政治の専門家でもなく、本来なら大統領になる人ではありませんでした。

 その特徴をいくつか挙げます。まず交渉スタイルについてです。地位の高い、力のある人を何人か集めて、その場で決めてしまうという考え方が非常に強いです。非常に複雑な問題でも、何人かそうした人を自分の家に招待して全部解決できるという思い込みを強くもっています。

 2番目はいわば「サーファー」であるということです。何か政治の動きがあったら、なるべくその波に乗って好調なところまで行って、その動きがダメなら別の波を探すというものです。

 3番目はプロレスを行っているようなもので、いつも大げさなことを行い、その瞬間の効果を常に考えていますが、そこに長期的な戦略は見て取れません。

 また、キリスト教徒に向けて自身が十字軍のごとく悪と戦っているというイメージをもたせようと、繰り返しアピールしています。

 トランプ氏については分かりにくい点があります。それは彼がいろいろな勢力から引っ張られ、あっちに行ったりこっちに行ったりしているからです。彼が憲法や法律という制度を無視してトラブルばかり起こすことに注目が集まりがちですが、根本的には、アメリカに生じている本質的な変化が人々の間で理解されていないことが非常に深刻だと思います。日本人は、トランプ氏のユニークな点ではなく、アメリカの制度と文化、経済の長期的な変遷に注目すべきだと思います。

 ──アメリカは歴史的な転換期を迎えているというご認識でしょうか?

 パストリッチ アメリカは建国から250年経ちますけれども、王朝にしても共和制にしても、寿命があります。今度は民主党から共和党に変わるという政権交代が起きたのは間違いないですが、それだけではありません。第2次世界大戦後のアメリカのイデオロギーと国際社会秩序が崩壊しつつあり、大きな変化が起きています。

 アメリカは戦後、科学と科学的な思想、人類の共通の価値観を強調して、民主法治、国際法、外交、透明な政治、言論の自由、同盟国のネットワークをつくり、国際金融ではブレトンウッズ体制を発展させ、国内では公務員を中心とした行政の体制を構築しました。しかし、トランプ政権はこれらの価値を一切認めていません。

 アメリカは19世紀から現在まで、新しい文化、新しい科学、新しい民主主義を全世界に提供し、それが相手からも望ましいものと思われた国でありましたが、そのような時代も終わりつつあります。

 さらに、アヘン戦争以降、西洋文明が東洋文明の代わりに世界の思想の中心になりましたが、それも終わりつつあります。ヨーロッパとアメリカが今後は世界の中心ではなくなる可能性が高いです。アヘン戦争以前の歴史を見れば、東アジアこそが世界経済の中心であり、また教育面などでも進んでいました。そうした状態に戻る可能性があります。そういう意味で、アメリカはアジアをしっかりと理解する必要と義務があります。

 ──トランプ政権の政策と構造について具体的に聞きます。

 パストリッチ トランプ氏の周辺で力をもっている人物は、制度自体を書き換えようとしています。とくに2期目では、より深刻にアメリカの政府自体を破壊する動きが多く見られます。

 その背景にはやはりアメリカの政治文化の根本的な変化があります。まず、10年のシチズンズ・ユナイテッド対FECの不可解な判決により、表現の自由という理由で、富裕層が無限に寄付金を出して選挙の結果を買うことができるようになってしまいました。個人の寄付金は5,000ドルまでに制限されていますが、第三者として活動している特別政治活動委員会であれば制限はありません。

 富が極端にひと握りの人に集中しています。トランプ氏が勝利した背景には、特別政治活動委員会に巨額のお金を出している富裕層がいて、積極的に活動をしているということがあります。まったく新しい政治が現れています。

 従来は富裕層が政治家や公務員に自身の代わりに政治を行ってもらっていたわけですが、今回、多くの閣僚など政府高官に富裕層が就任しました。アメリカの歴史で前例がない政権です。

 また、トランプ氏がフロリダに所有するマー・ア・ラゴという歴史的建造物の別荘は冬のホワイトハウスとも言われていますが、そこで資金を投じていろいろな権力者と付き合っています。

 ──トランプ政権の中核を担う人物にはどのような人が挙げられますか?

 パストリッチ まずピーター・ティールというIT事業者が挙げられます。ペイパルを創業して成功し、パランティア(ビッグデータ分析)を創業して会長を務めています。ロッキード・マーティンなど軍産複合体の伝統的な企業との競争に勝って国防総省から多くの予算を得ており、世界規模でソフトと通信の技術による帝国をつくろうとしています。通貨のデジタル化にも非常に積極的です。

 次にテスラのイーロン・マスクです。巨額の寄付金を出していますが、より重要なのはスペースXにより全世界の新たな通信・監視制度をつくろうとしていることです。さらに政府効率化省という政府機関ではない、いわば偽物の機関をつくりました。彼は公務員でもなく、何ら審査を受けているわけでもなく、政府ごっこをやっているにすぎません。これも歴史上前例がないことです。

 イスラエル関係でミリアム・アデルソン氏も重要です。ラスベガス・サンズCEOの未亡人としてカジノのホテルを経営しています。トランプとイスラエル・ネタニヤフ政権の一体化が相当進んでいますが、その背景にいて、トランプに影響をおよぼす中心人物です。この3人がおそらくトランプ政権で一番力があると思います。

 ほかにティモシー・メロン(トランプ氏の最大の寄付者、メロン財閥)という、秘密主義なのかあまり知られていない人物もいます。物流、流通、運輸などに投資をしています。

 トランプ政権を構成する重要なチームにプロジェクト2025、移民脅威論、新イスラエルがあります。

 プロジェクト2025は、アメリカの保守系シンクタンク・ヘリテージ財団が、3年かけて作成したアメリカの新しい青写真です。それは憲法をなくして、強力な行政府をつくり、政府全体を管理する行政府をつくり、絶対権力をもてる大統領をつくるというもので、立法府と司法府は弱体化します。同時に、軍事と刑事も警察、入国管理局などと一体化して、非常に力のある新しい機構をつくるなどして、キリスト教の国をつくるという新しいリアルです。公務員制度も放棄するとしています。

 移民脅威論について、外国からの移民を制限する移民法があり、よく知られているのは第2次世界大戦中にこの法律を使って、日系人を強制収容したことです。それを80年ぶりに実際に使おうとしています。留学生の大学院生が教授を批判する発言をして突然逮捕されるなどしており、非常に恐ろしい動きだと思います。このように人が突然逮捕される非常に危うい状態です。

 その裏には、政治的な白人至上主義があります。米国は1882年に中国からの移民を禁止しましたが、日本と朝鮮半島からの移民も厳しく制限しました。仮にそのような制限がなかったら、アメリカ人の半分以上をアジア系が占めていたと思います。アメリカに白人が多いのは偶然ではなく、このように東洋からの移民を制限しアジアを外したことによるものです。

 シオニズムとキリスト教の協力と一体化を進めており、イスラエルとの協力を深め、イランとの戦争を準備している勢力が強い力をもっています。私が一番心配しているのはまさにイランとの戦争です。

 ほか重要なチームとして、AI行政、チョークポイント(流通・物流情報を掌握する新システム)も挙げられます。

 イーロン・マスクとピーター・ティールの背後にはクリス・ガーデンという知識人がいます。彼の思想は、政府はいらない、多国籍企業がすべて経営するのが良いというもので、まず共通の物流、交通、鉄道、飛行機、空港、港湾から着手しており、そういう動きが強まっています。極端な民営化を進めています。これらはトランプ政権の最有力な何人かの思想を代表していると思います。

 ──日本に対してどのようなことを期待されますか?

 パストリッチ 私は2年前に30年ぶりに日本に戻ってきました。日本人と対等な関係をもって、創造力を発揮して、新しい日米関係、そして新しい東アジアの平和秩序を想像しつつ、それを手を携えて実行することを望んでいます。

 今、アメリカは沈没していく船のようです。日本は彼岸からそれを見てアメリカの失敗から学び、新しい世界秩序の構築に積極的に関わってほしいと願っています。日本は、かつて東アジアの中心であり、独自の文化と技術を発展させてきました。その経験と知恵を生かし、アメリカに過度に依存することなく、自立した外交を展開し、東アジアの平和と繁栄に貢献していくことを期待しています。


<プロフィール>
エマニュエル・パストリッチ。1964年生まれ。アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビル出身。イェール大学卒業、東京大学大学院修士課程修了(比較文学比較文化専攻)、ハーバード大学博士。イリノイ大学、ジョージワシントン大学、韓国・慶熙大学などで勤務。韓国で2007年にアジア・インスティチュートを創立(現・理事長)。20年の米大統領に無所属での立候補を宣言したほか、24年の選挙でも緑の党から立候補を試みた。23年に活動の拠点を東京に移し、アメリカ政治体制の変革や日米同盟の改革を訴えている。英語、日本語、韓国語、中国語での著書多数。近著に『沈没してゆくアメリカ号を彼岸から見て』(論創社)。

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