木造非住宅普及に必然性 中小事業者には大きなビジネスチャンス

(株)大匠建設
代表取締役 井上真一 氏

(株)大匠建設 代表取締役 井上真一 氏

 首都圏では高層ビルの建設プロジェクトが相次ぐなど、木造建築物が「非住宅」(事業用建物)に広がろうとしている。では、福岡県内においては、どのような状況となっているのだろうか。(株)大匠建設はCLT(Cross Laminated Timber)工法などにより、この分野にいち早く取り組み、県内における木造非住宅のパイオニアとも呼べる存在。同社の代表取締役である井上真一氏に現状のほか、今後の展望などについて聞いた。

県内初のCLT建築物

 ──御社は福岡県におけるCLT建築のパイオニアです。

 井上 当社はもともと、建設会社の孫請から始まり、リーマン・ショック当時から一次下請の業務を行うようになりました。その後、収益性の向上を図るため元請となるべく、「特殊木造」分野に参入。その一環として、2017年に県内初のCLT建築物となる本社ビルを建設しました。14年に計画がスタートしましたが、当時は坪あたりの建築コストが約150万円と大変高額でした。ただ、特殊木造に取り組むなかで、従来型の建設には魅力を感じなかったこと、補助金を受けることができたことなどから、CLTによる建設に思い切って挑戦したという経緯もありました。

(株)大匠建設 本社ビル/ポーランド館

 CLT建築物の建設には現在、大手ゼネコンの下請としても参画しています。たとえば、(株)竹中工務店が自社の社員寮として建てた「警固竹友寮」(福岡市中央区警固、RC造とのハイブリッド構造、5階建)は、当社が建設に携わりました。近いところでは、大阪万博の「ポーランド館」の建設にも関わりました。このほか、大断面集成材による建築物、さらに本格的な茶室などの伝統建築の施工、古民家の再生プロジェクトにも取り組んでいます。このうち、伝統建築などについては近年、施工できる大工や職人が少なくなっていますが、人材の確保や育成にも取り組み、そうしたニーズにも対応できるプロフェッショナル集団として、当社は活動範囲を広げています。

再資源化も可能

 ──CLT建築に取り組まれるようになってから10年以上になりますが、その後の変化についてはどのようにお感じですか。

 井上 規模や業種を問わず、企業に社会課題への対応力がより強く求められるようになり、そのなかでCLT建築物は課題解決に役立つものであるとの認識を強めています。CLT建築物には高い耐震性や耐火性があり、長期的な耐用性を持つ建物だからです。また、鉄骨造やRC造の建築物は解体時に大量の廃棄物を発生させますが、木質パネルを組み上げるCLTは解体が比較的容易で原材料が木材であるため、建物の解体後、建材として再利用したり、燃料として使うこともできます。つまり、再資源化が可能で環境負荷が低いのです。

 解体の容易さは、建設の容易さともイコールです。パネルをクレーンで吊り上げて積み上げていきますから、高度な技術を持つ施工者は必要としません。当社では技術のパッケージ化を進めた結果、一般的な大きさの低層事務所でしたら、数人の鳶職人で建方工事を完了できるほどです。施工人員の不足は中小地場ゼネコンにとって重大な課題となっていますから、その解決にあたるためにも多くの建設会社がCLT建築へ参入すべきだと考えています。

あるCLT建築物の施工時の様子
あるCLT建築物の施工時の様子

 建築コストでも優位性が見込めるようになってきました。具体的には、基礎と躯体の合算でRC造では現在、坪あたり約80万円で推移しています。一方、CLTは同80万円弱です。工期短縮分や、3階建以下の場合ですと内装仕上げをしなくて済むことも反映されますが、いずれにせよ少なくとも自社ビルを建てた当時に比べて、CLTは鉄骨造やRC造との比較で高額という状況ではなくなっているのはたしかです。

 ──施主からの評価はいかがでしょうか。

 井上 自社ビルを竣工した後、多くの方々に当社を訪問していただき、好評を得ました。ある地場企業の3階建の社屋は、オーナーから「地元の材料を使ってほしい」と要望され、那珂川市内産出の木材を7割以上使用し建設しました。竣工式には那珂川市長や市議会議長など多くの地元の方々が参列され、地域の木材の有効活用に関心が高いことがよくわかりました。また、ほかのオーナーからは「100年後、子や孫の世代まで残せる建物」と評価していただきました。

那珂川市産の木材を多用して建てられたCLTによる3階建のオフィスビル
那珂川市産の木材を多用して建てられた
CLTによる3階建のオフィスビル

一貫した政策が必要

 ──課題があるとすれば何でしょうか。

 井上 木造建築への施主の関心が高まったことで、当社では引き合いも増えています。ただし、地場ゼネコンや設計事務所など施工者側の認知度や関心はいまだに低く、新規参入が少ないことを懸念しています。これらの事業者は、CLTを含めた木造建築の経験がないため及び腰になっていることが理由で、地元のゼネコンの集まりでも、今なおCLTを知らない方に会うくらいです。当社では認知度や関心を高めるため、動画サイトなどを通じて施工方法の解説動画を配信し、さらにコンサル業務も行うなどして、状況の改善に努めているところです。社会情勢が変化するなかで、旧態依然とした事業の在り方では限界があります。木造建築物の建設は、その状態を改める手法の1つになるのではないでしょうか。ただ、それ以上の課題といえるのが、木材活用の促進の動きの波及が全体的に鈍いことです。

大匠建設のYouTubeチャンネルにはCLTに関するコンテンツも
大匠建設のYouTubeチャンネルには
CLTに関するコンテンツも

    各種法整備や規制緩和による木造非住宅の普及により、木材活用促進の機運が高まりつつありますが、サプライチェーンの川上にあたる林業には、恩恵が行き届いていない状況です。林業は森林の伐採と再造林を繰り返し、しかもそれらを50年単位で行う事業です。支援も行われていますが、今のように政策やそれを担当する人たちが3年ごとに変わるようでは、産業側には不安が残ります。私は世界的な林業国家であるカナダの状況を知るために、現地を訪問した経験があります。カナダでは林業の競争力の維持、向上を行うため、国が長期的かつ一貫した関与を行っています。つまり、行政のトップが代わることで、政策が変更されるといったことがないのです。福岡県でも服部誠太郎知事が林業の振興に強い関心をもち、取り組みを進めていますが、国も県も「世界と戦う」というくらいの気構えで、林業の振興、木材活用の促進、そして木造建築物の普及に取り組んでいただきたいですね。

 CLT建築物の普及という点では、とくにサプライチェーンの課題があります。福岡県内で福岡県産材を使う場合には、パネルの加工拠点が鹿児島県や宮崎県に集中していることから、原材料の木材をそれらの地域に運び、製品化されたパネルを福岡県に戻す必要があります。それでは往復の運搬コストが高額になりますし、CO2排出量も増加させてしまうことになります。私は福岡県CLT流通促進協議会の副会長を務めていますが、協議会ではトラックのチャーターや、製材とパネルの往復輸送によるコスト圧縮の実証事業などに取り組み、課題の解決をしようとしています。

差別化にも有効

 ──地域の中小建設事業者にとって、木造非住宅の普及はビジネスチャンスだと指摘されています。

 井上 近年、首都圏などで木造の高層オフィスビル建設プロジェクトが立ち上がっており、中層建築物ではすでに実物件も珍しくなくなっています。ただ、それらはスーパーゼネコンが主要な担い手で、かつ中高層のニーズは大都市中心部がほとんどです。地方都市には、中低層のオフィスビルや事務所のニーズが多いのが実情です。それらはこれまで鉄骨造などで建てられてきましたが、今後はさまざまな事業者に、より強い脱炭素化の取り組みが求められ、需要の拡大が見込まれます。地域の中低層建築物の担い手は各地域の地場建設事業者だったわけで、大手ゼネコンが参入しにくいことからも、中低層の木造建築物は地場建設事業者が建設を担いやすく、ビジネスチャンスであると言えるでしょう。木材調達などの課題はありますが、それらにメドが立つことで、将来的にはたとえば那珂川市のように豊富な森林資源が近くにある地場事業者にとっては、調達に有利になるなど、さらにチャンスが広がるはずです。

 脱炭素化の流れは決して変わることがありません。国や自治体も大きな方針として木材活用の促進にシフトしていることから、木造非住宅の普及は合理的で必然的なのだと、私は捉えています。現状ではまだ木造非住宅の分野に本格的に参入している企業は少なく、他社との差別化も可能です。

 木造非住宅を建設することで、建設事業者だけでなく、事業主や施主にとってもメリットがあります。木造は断熱性が高く省エネなど環境性能が高いため、脱炭素社会の実現に貢献している企業として評価されますし、その評価は採用活動などにおいて優位に働きます。学生の親御さんから信用していただけるからです。加えて、これは当社本社ビルの事例ですが、木質感が高いオフィス環境は従業員からも好評で、彼らの労働生産性の向上にもつながっています。木造非住宅への取り組みには、このようにさまざまなメリットがありますから、新規参入される事業者が増えることを期待しています。

大匠建設のオフィスの様子
大匠建設のオフィスの様子

【田中直輝】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:井上真一
所在地;福岡県那珂川市恵子1-47
設 立:1995年2月
資本金:3,000万円
TEL:092-953-3063


<プロフィール>
井上真一
(いのうえ・しんいち)氏
1965年、北九州市生まれ。福岡工業高校卒。95年に(有)大匠建設を設立し、代表取締役に就任。元(一社)福岡県中小企業同友会博多支部支部長。現在は、福岡県CLT流通促進協議会副会長などとしても活躍している。趣味はラグビー鑑賞、ゴルフ。

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