鹿児島大学名誉教授
ISF独立言論フォーラム編集長
木村朗
今年4月29日で就任100日を迎えたトランプ大統領は、ウクライナ問題ではトランプ政権発足以来、停戦の実現と戦争の終結に向けて積極的に動いてきました。トランプ大統領は、そう遠くない時期での米露首脳会談開催と4月20日までにウクライナ戦争を終結させることを目指していたとも伝えられています。
ここで、ウクライナ停戦交渉の具体的経緯と停戦実現に向けた課題・問題点を考えてみたいと思います。
4.トランプ大統領の真意とウクライナ停戦交渉の行方
プーチン大統領は4月22日、トランプ米政権のウィットコフ中東担当特使と4月11日に会談した際、トランプ大統領が取り組む停戦交渉の一環としてウクライナへの侵攻を現在の戦闘ラインで停止する用意があると伝えたとされています。またプーチン氏は、ロシアが2022年9月に一方的に編入したウクライナ東部・南部4州のうち、現在ウクライナ側が統治する地域の領有権放棄の可能性にも言及したといわれています。
このロシア側による異例の具体的な停戦案は、停滞する交渉にいら立ちを強めていたトランプ氏への配慮の可能性があります(早期停戦へ仲介を試みるトランプ米大統領は4月18日、「もし何らかの理由で両者のどちらかが非常に困難な状況をつくれば、我々は『あなたは愚かでひどい人間だ』と言って手を引くしかない。そうならないことを願っている」
と述べ、ウクライナ・ロシア両国が協力しなければ仲介をやめると示唆していました)。
このロシア側の新しい停戦案について、トランプ大統領は4月24日、ホワイトハウスで記者団から米国が仲介する和平交渉でロシアがどのような譲歩を示したのかを問われた際に、ロシアが停戦する意向だとの見解を示して、「ロシアは(ウクライナ)国全体を奪うことをやめた。かなり大きな譲歩だ」と述べました。
その一方で、ウクライナ、イギリス、フランス、アメリカの代表が4月23日にロンドンでウクライナ和平について話し合う予定でしたが、ゼレンスキー大統領が「ドタキャン」しました。この会談は4月21日にゼレンスキー大統領が発表し、同日にトランプ米大統領も、ウクライナ和平について合意に至る可能性は「非常に高い」と述べていました。ゼレンスキー大統領が会談を「ドタキャン」した背景にはロシアとの戦争に積極的なイギリス政府の意向を受けたもので、ゼレンスキー大統領はMI6のエージェントであるとの指摘もあります(櫻井ジャーナル「ロンドンでの停戦交渉からゼレンスキーが逃走」)。
私もこのような見方は、概ね妥当だと思います。ゼレンスキー大統領は、これまで一貫して、14年にロシアが不法に併合したクリミア半島の領有権を放棄する案を拒否し、4月22日にも、「このことについて話すことは何もない。我々の憲法に反している」と記者団に述べています。これに対してトランプ大統領は、23日、ゼレンスキー大統領が、アメリカが示した条件を拒んでいるとし、戦争を「長引かせるだけだ」と批判しています。
またJ・D・ヴァンス副大統領も、「領土線を(中略)現在とほぼ同じ位置で凍結する」という和平合意案を提示。ウクライナとロシアが「ともに現在保有している領土の一部を放棄しなければならない」ことを意味するものだと語っていたことも注目する必要があります。
こうしたなかで、ロシアのクリミア大橋攻撃を計画するドイツ軍首脳の音声が流出し、ロシア外務省はドイツ大使に説明を要求しました。ドイツによるクリミア大橋の攻撃計画は、ロシアに宣戦布告したのと等しく、ロシアのラブロフ外相は、「ドイツの非ナチ化は不完全」と述べ両国関係は極度に緊迫化しています(MINKABU 2024/03/05「ドイツがクリミア攻撃を計画、ロシア外務省はドイツ大使に説明を要求」)。
その一方で、北朝鮮の国営の朝鮮中央通信(KCNA)が4月28日に、北朝鮮軍が金正恩総書記の命令に従い、ロシア西部クルスク州をロシア軍が「完全解放」するのを支援したと報じました。この2日前には、ロシア軍のワレリー・ゲラシモフ参謀総長がロシアの反攻作戦における北朝鮮軍の「英雄的行動」を称賛して、ロシアが北朝鮮の関与を公に認めていました。ロシアはクルスク州をほぼ完全に掌握したとしていますが、ウクライナはこれを否定しています(BBC NEWS 2025年4月28日「北朝鮮、ロシア支援の派兵を認める ウクライナとの戦争で」)。
以上のように、現在のウクライナ和平に向けた停戦交渉は全線での戦況の変化や関係諸国の新たな動きなどもあってかなり混迷しており、トランプ大統領の設定した4月20日という期限も過ぎた現時点でも今後の展望は依然として不透明だと言わざるを得ない状況です。
この間、トランプ大統領はロシア・ウクライナ両国が一定の譲歩を見せないならばアメリカは仲介役を辞めると再三口にしています。しかしこのウクライナ問題は、いずれにしてもプーチン大統領が求める、ロシア側に圧倒的に有利な現在の戦況を踏まえたうえでの現実的な領土・国境線確定やウクライナのNATO非加盟、ザポロージャ原発のアメリカ管理案、欧州主導「平和維持部隊」の派遣案、ロシアに対する制裁解除などのさまざまな問題の解決に向けた合意が今後の停戦交渉のなかでどこまで認められるのかが大きな焦点となります。
最後に、トランプ政権になってアメリカのウクライナ政策が大きく転換するなかで、日本政府はどのような対応を取ろうとしているのでしょうか。
日本政府はこれまでバイデン政権下で行ってきたウクライナ支援とロシア制裁という方針を堅持する姿勢を続ける構えを見せています。すなわちアメリカに対峙するかたちでロシア敵視のヨーロッパ諸国と協調してウクライナへの軍事協力・財政支援をしていくことを表明しているのです。
海上自衛隊が昨秋、ブルガリア沖の黒海で行われた対機雷戦を重視した多国間演習に隊員10人を派遣し、ウクライナや米国と機雷掃海訓練を実施していたことも判明しています。政府・与党関係者は「厳しい安全保障環境を背景に日本とNATO、ウクライナの関係は深まっている。停戦が実現すれば自衛隊が参画可能な復興支援があるのか。欧州の動向も見ながらさまざまな選択肢を議論することになる」と語っています(時事通信2025年02月23日「黒海の機雷掃海演習参加 昨秋、海自隊員10人派遣―ウクライナ支援・防衛省」)。
このような日本政府の姿勢はこれまで以上にロシアとの敵対関係を強めて日本の平和と安全を脅かすことになる選択であり、決して看過することはできません。日本政府は直ちにこのような不毛な選択を放棄してトランプ大統領とともにウクライナ戦争の停戦実現に向けた平和のためのイニアシアティヴを取るべきであると強く訴えたいと思います。
(了)
2925年5月9日
木村 朗(ISF独立言論フォーラム編集長)
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(学カフェ・上野康弘):トランプ大統領就任100日を振り返る【木村朗の時代の奔流を読む12回】
☆ISF独立言論フォーラム主催の公開シンポジウム「トランプ政権とウクライナ戦争の行方 ~戦争終結に何が必要か~ 」(2025年が3月30日に開催)
・第一部 立命館大学名誉教授の安斎育郎氏
・第二部 元外務省欧亜局長・東郷和彦氏、青山学院大学名誉教授の羽場久美
子氏
・第三部 政治団体「一水会」の木村三浩代表、アジアインスティチュート所長のエマニュエル・パストリッチ氏
・パネルディスカッション前半:第四部
・パネルディスカッション後半:第五部
☆ISF主催公開シンポジウム「ウクライナ情勢の深刻化と 第三次世界大戦の危機」(2024年9月30日に開催)
・2024.10.03 ウクライナ情勢シンポ㊤ 市民記者桑原亘之介さんのブログ
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