【特集】日本伝統のスーパー素材 「麻」の復権に向けて~その可能性と、法改正の影響について~
(株)Welfare JP
代表取締役 大山雅彰 氏
麻は古来、世界中で利用され、日本でも縄文時代からなじみ深い素材だった。今日の日本では厳しく規制される麻だが、世界はその真価に注目し次世代産業として拡大しつつある。その可能性と、2024年の大麻取締法改正がどのような影響を与えるかについて、サイパンとパラオで麻事業に取り組む大山雅彰氏に話を聞いた。
スーパー繊維「麻」
先端素材としての可能性

代表取締役 大山雅彰 氏
──麻が次世代産業として注目されているのはなぜですか。
大山雅彰氏(以下、大山) さまざまな指標がありますが、世界の麻産業の市場規模は現在、1兆4,000億円程度といわれ、「ヘンプグローバルレポート」によれば8年後には70兆円に達すると予測されています。その理由は、麻が環境調和型の高機能バイオ素材としても注目を集めているためです。麻は古来、衣料や縄などの素材として利用されてきた伝統的な繊維植物ですが、その強靭な構造と生分解性、さらに素材内部のセルロース構造がもたらす応用可能性によって、新素材市場で極めて重要な役割をはたすと考えられています。
麻繊維の主成分は、植物細胞壁を構成する天然高分子のセルロースとヘミセルロースです。分子構造の強度が極めて強く、しかも軽量であるため、航空・自動車・建築資材などへの応用が期待されています。また、セルロース系バイオプラスチックは、石油系に代わる生分解性プラスチック素材として応用が期待されます。欧州ではすでにメルセデス・ベンツやBMWが内装のドアパネルなどに麻繊維樹脂複合材を採用しています。
麻を利用した建設資材としてすでに実用化されているものに「ヘンプクリート(麻コンクリート)」があります。これは麻の茎芯(オガラ)を粉砕したチップに石灰と水を混ぜて固めた軽量コンクリートです。「呼吸する壁」とも呼ばれ、断熱・調湿性に非常に優れ、夏は涼しく冬暖かい室内環境をつくり出します。木材より発火点が高いため耐火性も高く、軽量なため耐震性にも寄与し、完成後100年の耐用性があるとされます。
麻は生育サイクルが早く、種播きから収穫して素材になるまでわずか5カ月という短期間です。しかも幅広い気候条件下で容易に栽培が可能です。今日、世界的に資材の高騰が課題となるなかで、またこれからの時代に必要な持続可能性を実現する天然植物素材として、今後世界的に需要が拡大すると見られています。
日本の伝統素材「麻」は
なぜ規制されたのか
──麻は日本文化において重要な素材だと聞いています。
大山 日本人は麻を太古の昔から利用していました。福井県の鳥浜貝塚からは、約1万2000年前の縄文時代早期の地層から麻縄が出土しています。日本人は麻を精神的にも重要なものとみなして「大麻(おおあさ)」などとも呼び、日本の精神文化に麻は深く根ざしてきました。
たとえば、神聖なものをあらわす注連縄は本来麻でつくられていましたし、麻柄は赤ちゃんの健やかな成長を願って産着に使われ、「綜麻繰り(へそくり)」の語源は麻糸づくりの内職に由来します。麻は日本人の伝統的な日常生活・文化に密接していました。しかし、このような伝統も現代では忘れ去られかけています。

第二次世界大戦前まで麻の栽培は日本各地で行われていました。しかし、戦後GHQによって麻薬取締政策の一環として麻が規制されるようになり、1948年に旧・厚生省によって大麻取締法が制定されました。当時の日本国民は敗戦後の貧しい生活環境に置かれ、麻産業は人々の生活に欠かせない営みの1つでした。伝統的な麻文化の継承を含め、麻農家を何とか残すための旧・農林省の働きかけもあり、免許制を導入したうえで、厳格な条件の下で栽培継続を認められました。これによって麻の栽培と利用は完全に絶滅するまでにはいたらなかったものの、54年に約3万7,000軒存在していた麻農家は、70年後の現在は30数軒まで激減しています。
免許制で麻栽培の命脈が保たれたとはいえ、許可には非常に厳しい要件が課され、事実上新規参入を阻むものでした。許可を出す都道府県によっては、農地の周囲に3m程度の有刺鉄線柵等の設置や、24時間監視カメラの設置を求めたり、製品の県外持ち出しを禁止していました。また、収穫した麻の売り先(出口)が明確に決まっている必要があるなど、新規に麻をつくろうとする人の参入意欲を挫く運用がなされてきました。
2024年大麻取締法改正
その影響と問題点とは
──2024年に大麻取締法が改正され、大麻栽培免許が2種類【表1】になりました。
大山 法改正によって医療用麻の道が開かれるなど、法律の立て付け自体は問題ないものの、実際的には大きな問題を引き起こしかねません。THC濃度が基準とされたのはそれが麻薬成分と見なされているためです。ところが、繊維として大変優れた精麻(せいま)を生み出す品種のなかには実はTHC濃度が高いものがあり、それらの伝統的品種の使用が認められなくなってしまう可能性があるのです。THCは主に花穂に多く含まれていますが、日本の伝統的な麻栽培は、繊維利用が主目的であり、花がつく前に刈り取るため、THC利用が目的の栽培とは異なります。それを一律にTHC濃度基準で線引きしてしまう法改正は、古来受け継がれた日本の伝統的な優良品種を危機にさらしかねないのです。
──法改正で麻製品の規制も変更されました。従来、麻の製品化は「部位規制」として、麻の花穂、葉、未成熟な茎の利用が禁止され、成熟した茎と種子は規制されていませんでした。しかしこれが撤廃され、THC残留限度値による規制【表2】へ転換されました。
大山 改正後のTHC残留限度値規制は極めて厳しいものです。オイル製品で10ppm(0.001%)、飲料水で0.1ppmという基準を遵守した製品を流通させることは事実上不可能に近いレベルです。
この厳格基準と併せて問題なのは、THCが使用罪の対象となったことです。つまり、万が一誤って基準を超えるTHCが含まれる製品が流通した場合、流通事業者が違法になるばかりでなく、知らずに使用した顧客も犯罪者となってしまう可能性があります。これではどのような事業者も麻製品の取り扱いに委縮せざるをえず、従来流通していた製品の販売中止などが相次いでいます。法改正前まで大手メーカーが麻製品の取扱いに向けて動いていましたが、THC基準の影響で完全に撤退したと聞きます。
医薬品だけではない
生薬としての有用性
──なぜ厚労省はこのような制度の導入に踏み切ったのでしょうか。
大山 難治性てんかんの治療薬「エピディオレックス」の治験を進めるために部位規制を撤廃する必要がありました。そこでTHC限度値規制に切り替えたわけですが、厚労省は市場に流通している製品を取り締まるための検査や測定の精度、それにかかる費用といった膨大なコストを回避するために、実質的に「0」に近い基準を設定したと思われます。つまり、運用を簡素化するための取り締まり側の論理です。
エピディオレックスは医師の処方箋が必要な「医薬品」であるため、含有量規制の影響を受けません。しかしそれ以外の製品ではTHCは実質「0」に近い状態でなければ流通が認められません。これが何を意味するかというと、麻が「生薬」として利用される道が日本で完全に断たれたことを意味します。
──麻の「生薬」としての利用にどのような可能性があるのでしょうか。
大山 麻にはTHCばかりでなく複数のカンナビノイドやテルペンが含まれています。それら140種類以上の成分が相互作用することで、それぞれの成分を単独で摂取するよりも高い効果を発揮する「アントラージュ効果」が得られます。生薬として利用するのがその効果を得る一番の近道です。
カナダやアメリカ、ドイツ、オーストラリアなどでは、製薬会社が扱う大麻医薬品とは別に、大麻薬局(ディスペンサリー)で「バッドテンダー」と呼ばれる各州ごとに認定資格を持つ薬剤師のような人が、患者の症状に合わせて麻由来の「生薬」を処方するシステムが普及しており、それらを含めると世界の医療用大麻の8割は「生薬」が占めています。
厳しいTHC限度値規制によってこのような生薬の利用が事実上認められないとなれば、たとえば、CBD製品を製造するには成分を分離しなくてはなりません。分離方法は、単体成分だけを単離(アイソレート)するか、THCを含むフルスペクトラムは事実上不可なため、THCを取り除いたブロードスペクトラム(THC以外のカンナビノイドは含む)かになります。ブロードスペクトラムのほうが単離より利用時の効能は高いとされますが、厳しいTHC限度値をクリアーするための技術的制約でブロードスペクトラムは製薬会社しか扱えなくなると見られています。
日本の麻産業のために
今できることは何か
──ご自身はどのような事業をされていますか。
大山 18年にサイパン島で麻栽培・販売の免許を取得して事業を行っています。サイパンはTHC0.3%という枠組みがなく、現地のワーカーが栽培し、島内で販売しています。
またパラオで、1,000haの耕作放棄地を活用した大規模な麻栽培プロジェクトを進めています。パラオではまだ麻の栽培自体は解禁されていませんが、麻が自生しており、国民の間では一般的に利用されているため、早期の合法化を求める声が強くあります。現在、パラオ政府と連携してプロジェクトを進めているところです。将来的構想としては医療ツーリズムを考えています。日本からの観光ビザで3カ月間滞在し、麻を用いた緩和医療を提供できる場をつくることを目指しています。
──日本で麻産業を盛んにする道筋をどのように考えていますか。
大山 制度上のハードルの高さが国内での麻の大規模生産を困難にしています。そこで私たちの事業が貢献できることとして考えているのは、パラオやサイパンといった気候環境の良い地域で多期作を行い、大量の麻原料を生産して、日本国内に麻の加工場をつくることです。THC0.3%以下の麻茎や繊維は輸入することが可能で、国内で加工して、建材や自動車内装材、食品用フィルムなどのさまざまな製品に転用できます。麻の加工場を国内につくれば、国内生産する麻の受け入れ先をつくることができます。これによって麻栽培免許の要件の1つである出口の確保が可能になります。
麻の取り組みは高い志をもって
──麻の事業に挑戦したいという人にどのようなメッセージを送りますか。
大山 最初にお話ししたように、麻は将来性が極めて有望な産業植物です。しかし、法規制などの問題もあり、事業化に向けては「中長期的視点」をもつことが重要です。麻は戦後70年余りの間厳しい規制下に置かれてきました。そのためこれからの時代に利用するための技術開発や研究は、まだ発展途上にあります。すぐに大きなリターンを求めるのではなく、法制度の理解をしっかり深めながら、失われつつある日本の伝統文化を取り戻し、これからの世界に貢献するために、大きな志をもって麻事業に取り組んでほしいと思います。
もう1つ私には麻事業に携わる大切な動機があります。私は14年に親友に誘われて初めてサイパンを訪れました。その際に、チャモロ人の老人から日本語で戦前の日本統治についていろいろな話を聞きました。戦前の日本人は厳しかったものの、いうだけではなく自らが率先して開拓を先導していたこと、仕事の方法を丁寧に教えてくれたこと、規律まで教えてくれたこと。すべての島民が日本人に成りたいと心から尊敬していたこと。そしてサイパンの開発に尽くした南洋興発という会社があったことを知りました。戦前にサイパンで砂糖黍を生産し、鉄道まで敷いていた日本の会社があったのです。私は帰国後に南洋興発の創業者の末裔の方にお会いし会社再興のお許しをいただいて、現在の南洋興発(株)を立ち上げました。
サイパンにはバンザイクリフという場所があります。また、パラオのペリリュー島は太平洋戦争の激戦地で、多くの日本兵の遺骨が未収容のまま眠っています。お話しした通り、麻は日本文化の霊性にとって重要な素材です。私はパラオで麻を育てて、それでつくった注連縄を南洋の神社にかざり、また日本の靖国神社に奉納することで、いまだ眠る英霊たちの魂を祖国に帰還させたいという強い思いをもっています。
縄文の昔から日本人にとって身近であった麻は、精神性と有用性を兼ね備えた伝統素材です。これをもう一度取り戻し産業に生かしていくことは、日本の文化と経済の復活にもつながり、また世界の未来も支える道筋になると私は信じています。
【寺村朋輝】
<プロフィール>
大山雅彰(おおやま・まさあき)
法政大学文学部日本文学科卒。大手保険会社を経て2018年にサイパン島にて起業を開始。19年に日本国内に南洋興発(株)を設立。同年9月にサイパン島にてマリアナ諸島では初となるヘンプ(麻)のライセンスを取得。24年に世界的なヘンプの総合産業を目指して日本国内に(株)Welfare JPの設立。