【クローズアップ】体育会系学生向け就活イベント 早期化する新卒採用市場を探る
新卒採用市場は人口減少や若年層の流出を背景に「売り手市場」が続き、企業は採用活動の早期化・長期化への対応を余儀なくされている。オンライン説明会やWeb面接が広がる一方、学生と企業の双方が求めるものの1つは、直接の交流を通じて信頼関係を築く場である。そのため、対面式のイベントを重視する会社も少なくない。9月に開催された合同企業説明会の取材の様子を通して、新卒採用市場の現状をレポートする。
体育会系学生のための合同企業説明会

9月9日、福岡市のTKPエルガーラホールにて、体育会系学生に特化した合同企業説明会「スポナビキャリアセミナー」が開催された。早期選考を視野に入れ、大学3年生の夏休みから就職活動を始める意欲的な学生が多数参加した。近年は「売り手市場」といわれ、多くの合同説明会が独自の工夫を凝らすなか、同イベントは年間40〜50回にわたり開催されている。九州での開催分はほぼすべて対面形式で行われており、その背景には、企業・学生双方から「できれば対面で」という強い要望がある。オンラインよりも、温度感や雰囲気を直接感じ取れるコミュニケーションが重視されているようだ。
参加者の多くは、就職支援サービス「スポナビ2027」に登録している体育会系学生で、(株)スポーツフィールド(東京都新宿区)のスタッフによる電話案内や面談をきっかけに来場していた。事前申し込みをした学生には、同イベントオリジナルの名刺が配布され、会場内で活用することができる。名刺には所属していた部活動やポジションまで記載されており、学生が社会人としての第一歩を意識できる工夫が凝らされていた。
出展企業は、体育会系学生ならではのパワフルさやチームでの目標達成経験を高く評価しており、とくに営業職を中心とした募集が多い。入社後の活躍実績も多く、それが次回以降のリピート出展につながっているという。
同イベントを主催するのは、スポーツフィールド。体育会系の部活動出身の人材を専門とし、新卒採用、転職支援を手がける。多くの同業他社も存在するなか、唯一の上場企業であるという。同社は単に就職イベントを主催するだけでなく、学生1人ひとりの人生に寄り添う手厚いサポートを特徴としている。
同社はナビサイト「スポナビ2027」を通じた情報提供にとどまらず、月に1〜2回の面談を繰り返しながら学生の就職支援をしているという。内定までのプロセスだけをサポートするだけではなく、内定後のフォローアップにも力を入れている。直接伝えづらいリアルな本音も、同社が学生と企業の橋渡しとなるなどして、採用活動の前倒しがトレンドの新卒採用市場における円滑な活動を支援している。イベントに参加していた企業に話を聞いたところ、来年の28卒採用活動ではスポーツフィールドのサービスのみを活用するという声も少なくなかった。
今回のイベントに参加していたのは、就職活動を始めたばかりの大学3年生たち。なかには4月ごろから活動を始めていた学生もおり、就職活動の早期化というトレンドが浮き彫りになった。東京や大阪などの大都市圏の学生は、さらに早い段階で就職活動を始める学生も少なくないという。スポナビ参加のきっかけは、部活動の先輩やOBからの紹介が圧倒的に多く、体育会系学生に特化したサポートへの期待の高さがうかがえた。また、部活動との両立の難しさからインターンシップ参加を迷い、引退後に本格的に就職活動へ専念したいと考える学生の姿もあった。
就職活動の軸については、まだ具体的な業界や業種を決めていない学生も少なくなかったが、それを見つけるためにより多くの企業と直接コミュニケーションを取ろうとする姿勢が目立った。進路の希望では、福岡を離れて大都市での活躍を望む学生もいた一方で、地元志向の強さも顕著であり、多くの九州・福岡出身の学生がとくに福岡での就職を希望していた。
出展企業が語る採用戦略
合同企業説明会に参加した企業では、継続的に参加しながら採用活動を工夫する様子もうかがえた。
(株)メーカーズ(福岡市西区)は福岡でこのイベントが立ち上げられた当初から約10年間参加を続けている企業。就職活動の早期化にともない、学生との長期的な関係維持を課題と捉え、オンラインよりも対面での交流を重視。社員や内定者、選考中の学生を交えた懇親会を多数開き、直接の温度感を伝える場を設けてきた。とくに、学生がもつマネジメント力や互いにフォローし合う経験を評価し、「集団スポーツ経験者」との出会いを期待して参加を続けている。学歴や部活動の実績よりも、社風や人とのつながりを重視し、ミスマッチのない採用を目指している。
同じく長期的に参加するMED Communications(株)(東京都港区)は、体育会系学生がもつ集団行動力や目標達成への意欲を営業職の理想像と位置づける。毎年100名を超える内定者を出す同社では、26年卒はすでに140名以上の承諾を得ており、入社後の活躍にも直結することから、最終面接は社長自らが学生1人ひとりと面接して合否を決定するという伝統を続けている。また、研修後に自ら配属先を選べる制度を設けるなど、学生とのミスマッチ防止にも力を入れている。
一方、創業55年の(株)ケアサービス(東京都大田区)は、人手不足が深刻な介護業界において、新卒採用を軸とした戦略的な取り組みを加速。夜勤なしや休日取得のしやすさを打ち出し、介護業界に根強い不安やネガティブなイメージの払拭を図っている。ターゲットは体力とチームワークを備えた体育会系学生。部活動で培った経験は、3人1組で行う訪問入浴サービスに活かせると考える。平均年齢30代前半という若い職場環境や「部活の延長のような賑やかな雰囲気」といった社風もアピール。今回が初の福岡参加だが、全国展開を進めるなかで地元志向の学生だけでなく、コロナ禍を経て「少し冒険したい」と考える層の取り込みも狙っている。定着率の高さを強みに、企業文化と働き方の両面から計画的に採用を進めている。
いずれの企業も共通しているのは、単なる母集団形成にとどまらず、学生との「関係性づくり」を軸に採用を展開している点。採用市場の変化に合わせて戦略を練り、企業文化や働き方を丁寧に伝えようとする姿勢が、学生の納得感や定着率の向上につながっているようだ。
就職活動の前倒し傾向にともない、どの企業にとっても内定後の学生フォローは1年半以上にわたる長期的な課題となっている。入社後の定着率を高めるだけでなく、内定辞退を防ぐための工夫も不可欠であり、その一環として企業はさまざまなコンテンツ開発に力を注ぐ。たとえば、親孝行手当を設けて学生だけでなく家族も巻き込む施策を導入する企業も現れている。全国でイベントを展開し、内定者キャンプや家庭訪問を行うなど、入社前から入社後まで一貫したサポートを提供する動きも広がる。オンラインでは伝わりにくい「温度感」を対面の面談やイベントで伝え、学生のリアルな本音を引き出すことが、フォローアップ戦略の中核となっている。
売り手市場の新卒採用
長期化する採用プロセス
日本の新卒採用市場は、人口減少、とくに若年層の減少が進むなかで、構造的な変化に直面している。労働市場全体を見ると、有効求人倍率はリーマン・ショック以降増加傾向をたどっていたが、直近では低下傾向にあり、マクロ的には労働供給不足とは言い切れない。一方で、日本銀行短観の雇用人員判断DIが大幅なマイナスを示すように、企業の現場では人手不足感が強まっている。これは労働力不足の実態を表すというよりも、デジタル化やAI活用に対応できる若年層を求める一方、求職者のスキルが十分に噛み合わないという質的なミスマッチの拡大に起因していると考えられる。
新卒採用の現場では、こうした環境変化を背景に「売り手優位」の傾向が鮮明である。採用活動は早期化・長期化が進み、大学3年生からのインターンシップや業界研究が主流となった。政府は26年度卒業予定者以降も広報・選考・内定時期を定めた日程ルールを要請しているが、罰則規定がないため遵守は徹底されていない。採用難に直面する企業は前倒しで動き、競合他社に先んじて内定を出す「早い者勝ち」の構図が常態化している。(株)インディードリクルートパートナーズのリサーチセンターがまとめた「就職プロセス調査」によると、6月1日時点の就職内定率は81.6%となっている。
人材獲得競争の激化は、初任給引き上げというかたちでも表れている。企業は給与条件を改善することで学生に訴求し、アピール合戦を繰り広げている。さらに、産学協議会の整理に基づき、専門活用型インターンシップを通じて一定の能力が認められた学生を早期に選考へ移行できる仕組みも導入され、インターンシップは単なる企業理解の場から採用直結型の制度へと変化している。
多様化する学生の価値観
福岡県内企業の課題
加えて、学生の価値観の多様化も無視できない要素である。Z世代は大企業志向や安定志向だと一括りには判断できず、ワークライフバランスや社会貢献性、自身の成長機会を重視する傾向が強い就活生も少なくない。企業はリモートワークや副業解禁など柔軟な制度設計を打ち出し、採用広報の段階でその魅力を示すことが重要となっている。
採用手法の面でも、コロナ禍における外出制限を契機に、デジタル化によってオンライン説明会やWeb面接が定着した。地理的制約を超えた母集団形成が可能になったが、オンラインだけでは相互理解が不十分に終わるケースも少なくない。そのようななか、職場体験や対面交流の重要性が再び認識されている。
地域に目を向ければ、福岡では地場企業に加え、大手企業の支社の進出も多く、学生の選択肢は広がっている。しかし、東京圏や関西圏への人材流出は依然として課題である。
福岡県の大学等新卒者の就職状況を見ると、県外流出の高さが大きな課題となっている。25年3月卒業者では、県内就職者が50.8%(9,994人)、県外就職者が49.2%(9,695人)と拮抗し、県内出身者でも県内就職は58.6%となっている。また、県内の学卒者のうち県外出身者の県内就職率は38.6%にとどまり、福岡の企業が優秀な学生を呼び込む難しさを示している。一方で、26年3月卒業予定者の求職者数は2万74人と前年を上回り、理系が5.3%増と伸びている。
ただし、県外志向が強まる現状では、地場企業は給与や制度面だけでなく、ワークライフバランスや地域貢献性といった価値観への訴求が不可欠である。都市機能と生活の利便性を併せもつ福岡市の強みを生かし、学生を県内に定着させる戦略が必要となる。
求められるのは“量”より“質”の採用戦略
新卒採用市場は今後も「売り手市場」が続く一方で、採用の早期化・長期化が一層進むと見込まれる。大学3年生の夏から活動を始める学生が増え、企業もそれに合わせて早期に接点をもとうとする傾向が強まっている。その結果、内定から入社までの期間は1年半以上におよぶケースも珍しくなくなり、企業は単なる採用活動にとどまらず、長期的な関係づくりとフォロー体制の構築を求められている。
こうした流れのなかで再評価されているのが「対面」の価値である。オンライン説明会や面接は効率性を高めたが、学生と企業双方が求めるのは、温度感や社風を直接感じられる場である。合同説明会や懇親会、内定者キャンプなど、対面交流を軸に学生の本音を引き出し、安心感を与える取り組みが定着率向上に直結している。
今後の採用は、母集団形成からフォローアップまでを一貫して戦略的に設計し、学生との長期的な信頼関係を築けるかが成否を分けるだろう。企業文化や働き方を対面で丁寧に伝えることが、採用力強化の決め手となっていく。
今後の採用市場では、単に母集団を拡大することに注力するのではなく、企業が必要とする人材像を明確に描き、その人物像に即した採用プランを練ることが重要である。採用活動の早期化・長期化に対応するうえでも、対象を絞り込んだ効果的な施策が不可欠だ。学生の価値観やキャリア志向を踏まえ、具体的な人物像と採用戦略を結びつけることが、内定辞退の抑制や定着率の向上につながり、結果として企業の持続的な成長基盤を築くことになるだろう。
【和田佳子】