【トップインタビュー】開場から四半世紀の「博多座」 文化拠点として福博の魅力向上に寄与

(株)博多座
代表取締役社長 大坪潔晴 氏

 1999年に「芸どころ・博多」の新たなシンボルとして誕生し、すでに四半世紀を超える歴史を重ねてきた演劇専用劇場「博多座」。開場以来、数々の上質な演目の観劇機会を提供することで、福岡・九州の文化拠点としての役割を担ってきた。だが、コロナ禍を経て社会が大きく変化していくなか、劇場経営もまた新たな挑戦のときを迎えている。劇場「博多座」の運営を行う(株)博多座の代表取締役社長・大坪潔晴氏に聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役会長 児玉直)

職場環境を整え強い会社に

(株)博多座 代表取締役社長 大坪潔晴 氏
(株)博多座
代表取締役社長 大坪潔晴 氏

    ──昨年7月に(株)博多座の社長に就任されましたが、その前は、(株)にしけい(福岡市博多区)の代表取締役社長を務めておられました。警備・セキュリティの業界から、演劇興行というまったく畑違いの世界に来られたわけですが、いかがでしたか。

 大坪潔晴氏(以下、大坪) おっしゃるように、警備・セキュリティと演劇興行とでは、まったくといっていいほど世界が違いますし、やはり業界が違うと仕事の進め方も違ってきますから、就任当初は戸惑うことも多かったことを覚えています。とはいえ、私は演劇制作のプロになるために博多座に来たわけではありません。“経営”という視点でこの会社をしっかりと立て直し、成長させていくためのプロとしての役割を求められているものだと理解しています。経営という視点から見れば、根本は同じだと思いますし、私がやらなければならないことにも、大きな違いはありません。

 代表に就任して約1年が経ちましたが、まず感じたのは、改善すべき点がいろいろとあるということです。たとえば、社内の業務管理の仕組みや、昨今はどの業界でも急務となっているDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進といった部分では、まだまだ遅れているなという印象を受けました。そのため、まず私がやっていくべきことは、社員がより働きやすい職場環境を整え、そのうえでしっかりと利益を残せるような、強い会社にしていくことです。そのミッションのために、私がこれまでに培ってきた経験を、この会社に還元していきたいと考えています。

 ──人材面では、やはり演劇や芸能興行が好きな社員が集まっているように思います。

 大坪 まさにおっしゃる通りで、それが当社の最大の強みであり、財産だと思っています。演劇や芸能が心から好きな人たちが集まっていることは、とてもすばらしいことだと思いますし、好きだからこそ、情熱をもって仕事にあたってくれていると思います。

 しかし一方で、課題もあります。というのも、当社のこれまでの歴史のなかで、残念ながら会社を去る選択をされた社員もいるわけですが、その結果、現在の社員の年齢構成を見ると、創業期から長く勤めてくれている50代・60代のベテラン層と、中途採用を含めた20代・30代の若手層がいる一方で、その間の世代の層が薄くなってしまっています。

 当社のような演劇興行の業界では、お互いの顔を知って信頼関係を築いたうえで仕事を進めていくということが、他業界以上に重要になります。とくに演目を企画・制作する部門では、長年の経験と人脈が何よりもモノを言います。そのため、せっかく当社に入社してくれた若い人たちに、いかに長く定着してもらいながら、会社の中核を担う人材へと育てていくのか──。それが今、最も力を入れていることの1つです。

 ──人材の定着と育成のための、具体的な取り組みなどは。

 大坪 現在、本格的な導入を検討しているのが、ジョブローテーションの仕組みです。たとえば、新入社員にはまずチケッティングや場内のサービスといった、お客さまと直接触れ合う仕事から始めてもらい、そこから営業部隊での経験を積み、広告宣伝、そして舞台の裏方である制作の仕事まで、幅広く経験してもらいます。そうやってさまざまな部門の仕事をバランス良く経験してもらうことで、1つの分野に特化した専門家ではなく、会社全体の動きを理解できる総合力のある人材が育つと考えています。

 当社は現在、60人程度の小さな所帯ですから、1人ひとりの社員が複数の領域をカバーできるようになれば、組織力の底上げになります。まずは毎年、定期採用で2~4人程度の新しい仲間を迎え入れ、新入社員がじっくりと腰を据えて成長できる環境を整えていきたいと思います。そして将来的には、会社の管理部門を担う者、演劇制作のプロフェッショナルになる者など、それぞれの適性に応じたキャリアを歩んでいってほしいと考えています。

自主制作にも力を入れ
博多座ブランド拡大へ

 ──御社の事業の根幹である「演劇興行」については、いかがですか。

 大坪 当社は、演劇専用劇場である「博多座」の一体的な管理を行うために、福岡市や地元経済界、さらには演劇興行界の33企業・団体からの出資によって、1996年7月に設立された会社です。当社は指定管理者という立場でこの演劇専用劇場の運営を任されている立場であり、収入源は基本的にチケット収入です。

 一方で、東京や大阪などの大手の劇場さんの多くは、自社で不動産事業や映像事業などを手がけており、劇場経営のリスクを分散できる構造になっています。たとえば、不動産収入によって劇場の収益を支えたりできるわけです。しかし、当社の収入源は、基本的には上演する作品の売上だけです。そのため、とにかく“当たる”演目をもってこなければ、会社として成り立たない、そういう厳しい環境にあるのです。今ではもう解消しましたが、過去には興行が振るわずに赤字決算が続き、累積損失を抱えてしまった時期もありました。

 ──そうした厳しい環境のなかでありながら、現在はどのようにして魅力的な演目をそろえているのですか。

 大坪 大きく分けて2つのやり方があります。まず1つ目は、東京や大阪などで先行して上演された作品のなかから「これなら福岡・九州のお客さまにも喜んでいただける」というものを見極め、交渉を行って上演権を買い付けてくるやり方です。ただし、東京や大阪でウケているものなら何でもいいというわけではなく、博多座は“演劇専用劇場”ですから、コンサート単体では上演できず、そこに演劇要素が盛り込まれていることが必要となります。

 もう1つは、6月の大歌舞伎や2月の花形歌舞伎などの歌舞伎公演、3月の宝塚歌劇団の公演など、相応の集客が見込める定番演目をそろえてきておりますが、これらは松竹(株)さまや東宝(株)さま、(株)宝塚歌劇団さまなどの大手制作会社さまが、演目から出演者までをパッケージとして決めてもってきてくださるやり方です。とくに歌舞伎などでは、やはり“売れている役者さん”に来ていただけるかどうかが、かなり重要になります。たとえば今年は、中村勘九郎さん、中村七之助さんのご兄弟が7年ぶりに博多座で公演を行ってくれましたが、やはりお客さまの入りが大変良かったですね。そうした人気役者さんに出演していただけるよう交渉していくことも、我々の大事な仕事です。

 なお、先ほど当社の設立にあたって、演劇興行界からも出資していただいた旨を述べましたが、松竹さまや東宝さま、(株)御園座さま、(株)明治座さまなど、制作や劇場運営を担っている日本を代表する会社さまが当社の株主として名を連ねていることは、非常に大きな強みです。常に良質なコンテンツを提供してもらえるだけでなく、さまざまなかたちで我々をバックアップしていただいていますが、この強力な関係性こそが博多座にとっての大きな力になっています。

 ──独自の取り組みとして、自主制作にも力を入れていますね。

 大坪 コロナ禍の前から、「博多座の自社制作で演劇をつくり、それを他の劇場でも上演していこう」という動きが始まっていました。この自主制作というものは、非常に重要な取り組みだと考えています。というのも、自分たちの手でゼロから作品をつくり上げる経験は、制作部門のプロデュース能力を格段に引き上げますし、何より社員たちのモチベーションアップにつながりますからね。あいにくのコロナ禍で、一時はその動きも鈍りましたが、落ち着いてきましたので、再び力を入れていくつもりです。

 基本的な方針としては、2~3年に1つは自主制作作品を手がけていきたいと考えています。そしてつくった作品は福岡で上演するだけでなく、大阪や東京の劇場にも買ってもらい、上演していきたいと思っています。たとえば、昨年に博多座の開場25周年記念作品として「新生!熱血ブラバン少女。」を制作・上演しましたが、こちらは大阪の新歌舞伎座にも買っていただいて上演しております。こうした高質な自主制作作品をつくり、「博多座制作」というブランドを東京・大阪など全国にも広めていくことで、演劇興行界における当社の存在感を高めていきたいと思っています。

新たなアプローチで
未来のファン層の開拓を

博多座
博多座

    ──新たなファン層の開拓も大きな課題だと思われますが、コロナ禍を経て、客層の変化はいかがですか。

 大坪 残念ながらコロナ禍の期間中に、多くのお客さまの足は遠のいてしまいました。とくに、これまで博多座を支えてくださっていた高齢者の方々が、人が集まる場所へ出かけること自体を控えるようになってしまったのです。また、ファン層全体が以前と比べて減少傾向にあり、新たな若いお客さまを取り込んでいかなければ、未来はありません。博多座のファンクラブである「博多座会」の会員構成を分析していくと、50代以上の方が約8割を占め、男女比も女性が8割と、現状は年齢層にも性別にも偏りがあります。そのため、今後は30代・40代の方々など、新たなお客さまを獲得していきたいと考えています。

 そのためのカギとなるのが、やはりインターネットの活用です。これまで劇場に足を運んだことのない若い世代にアプローチするには、SNSをはじめとしたネット戦略が不可欠です。作品のジャンルごとにInstagramやX(旧・Twitter)、YouTubeといったSNS媒体を使い分けながら情報を発信していく、そうしたきめ細やかな広報戦略に力を入れて取り組んでいるところです。

 また、提供する演目そのものも、多様化させていく必要があります。かつて「歌舞伎」といえば、若い方には敷居が高いイメージがありましたが、最近では人気漫画が原作のスーパー歌舞伎や、バーチャルアイドルの初音ミクと歌舞伎俳優が共演する作品など、アニメやゲームの世界と融合した、いわゆる「2.5次元」の演目が次々と生まれています。こうした新しいタイプの作品には、これまでとはまったく異なる客層が反応してくれます。作品に応じて、それに合った届け方を工夫していくことが、動員を増やしていくうえで非常に重要だと感じています。

都市・福岡の中核となる
文化の拠点として

 ──最後に、福岡という都市、さらには九州における博多座の役割について、どのように考えていますか。

 大坪 博多座が設立されたときの理念は、現在もまったく色褪せていないと思っています。それは、「都市力の中核には文化が必要であり、その象徴として本格的な演劇専門劇場を福岡につくる」というものでした。「福岡も東京や大阪、名古屋に並ぶ大都市を目指していくんだ」という、当時の気概がこの劇場には込められているのです。

 我々の役割は、市民の皆さまに上質な演劇を提供していくことを通じて、福岡の文化的な魅力の向上や地域のまちおこし、さらには九州の発展に貢献することだと理解していますし、開場から四半世紀の歴史を重ねるなかで、多少なりともその役割をはたしてきたのではないかと自負しています。

 私自身、以前は九州電力(株)というインフラ企業に身を置いていましたが、文化もまた、人々が豊かに暮らすために不可欠な社会インフラの1つであります。劇場の灯は、街の灯でもあるのです。これからも、この博多座という福岡市民の大切な財産をお預かりしているという責任を胸に、この劇場の灯をさらに煌々と輝かせていきたいと思っています。

【文・構成:坂田憲治】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:大坪潔晴
所在地:福岡市博多区下川端町2-1
設 立:1996年7月
資本金:11億2,500万円
売上高:(25/3)49億1,254万円


<プロフィール>
大坪潔晴
(おおつぼ・きよはる)
1953年12月、福岡県出身。熊本大学法文学部卒業後、76年に九州電力(株)へ入社。秘書課長、電源立地対策部長、佐賀支店長、北九州エル・エヌ・ジー社長などを歴任。2018年10月に(株)にしけいの顧問となり、代表取締役専務を経て、19年6月に同社代表取締役社長に就任。24年7月に(株)博多座の代表取締役社長に就任した。

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