「おひとりさまの老後」は、安泰ですか?(前)
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大さんのシニアリポート第39回
異変が生じた。「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連で、認知症であることを公言している香川涼子(仮名)さんが、先日、オープン直後に来亭し、こんな言葉を発したのである。「早く施設に入りたい」。あれほど入所を拒んでいた香川さんである。理由を聞くと、「今朝起きたら、自分が今どこにいるのかさっぱりわからなくなって…」。不安になったが、どうしていいか分からず、しばらく座り込んでしまったという。突然頭に浮かんだのが、施設へ一ときも早く入いりたいということ。考え方を変えたというのだ。
香川さんの認知症には波があった。「ぐるり」の場所を忘れてしまい、周辺をうろうろするときもあるものの、それは稀である。いつもは認知症とは気づかれない普通の生活を送っている。幸せなことに、「ぐるり」のみんなが彼女の認知症を知り、さりげない見守りをしている。この状態が際限なく続くことを香川さんも望んだ。しかし、突然の恐怖心は、彼女の気持ちを一変させるだけの威力があった。「入所、早まればいいね」とわたしは答えた。
香川さんが入所を予定しているのは、ある宗教関係の施設である。すでに2歳年上の姉が入所しており、香川さんの娘たちがそこを選択したのも、実姉が入居しているという事実が大きい。しかし、香川さんの本音は「気遣いして、煩わしい」だった。有料の老人ホームで、費用は姉妹が負担する。新聞紙上には、連日瀟洒な有料老人施設の広告が目を引く。施設もピンキリであるものの、そこに入居できるのは、概ね資金的に余裕のある人か、家族の金銭的な支えを受けられる人たちである。「ぐるり」は、UR賃貸集合住宅と公的な集合住宅に囲まれた場所にある。住民の多くは経済的なゆとりには恵まれていない。高齢化は激しく、「ぐるり」を訪れたことのある4人が今年他界した。近い将来、来亭者の大半が公的な(それに近い)施設を利用して最期の時を迎えることになると予測できる。しかし、最も求められているはずの特別養護老人ホームへの入所は、数年先まで満杯である。
わたしの友人にN(74歳)というデザイナーがいる。数年前、年上の妻が家の中で転んで大腿骨を骨折したのを機に、認知症になった。Nは仕事を続ける傍ら、家で妻の介護を担ってきたのだが、限界を感じて区役所に相談。数年掛けてようやく特養への入所が決まった。ところが決まった途端、妻のことを不憫に思う気持ちが強くなり、入所を延期。決心が付いた時点での入所の許可を特例でいただき、現在妻を家で看ている。
我が家の自称”ばばあスチューデント”(65歳の妻が今春から介護専門学校に通学)がいうのには、「Nさんの特例、よかったじゃないの。何せ順番待ちだからね。公的な施設はどこも満杯状態と思うでしょう。でも、結構空いているところもあるの。介護職員不足が原因で深刻な問題よ。政府はハード(施設)を作るのと一緒に、ソフト(介護職員)も増やす努力をしないと」。政府の特養新設・増設は基本的に「ユニットケア型化」(個室)を勧める。「家にいるような気分に」がコンセプトなのだそうだ。一方、4人部屋以上の「多床ケア型」は余り歓迎されないらしい。個室10床でワンユニット。それを昼間では3人の職員で看る。夜間はそれをひとりで看る。昼夜逆転型の入所者が多い施設では、心身ともに疲れ果てるという。「65歳でも看ることができるか不安だ」と妻は話す。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。関連記事
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