阿蘇の大地、再び脚光──リモナイト技術が多分野で浸透、東南アジア市場にも拡大

(株)日本リモナイト
工場外観

 熊本・阿蘇の地で、戦前に三井鉱山が手がけた阿蘇黄土(リモナイト)の採掘事業。その技術と資源を引き継ぎ、環境資材としての新たな価値を追求してきたのが(株)日本リモナイト(熊本県阿蘇市)である。1960年代の創業から来年で60周年を迎える同社はいま、再び国内外から注目を集めている。長年培われたリモナイト活用技術が、環境・畜産・養殖・農業など多様な分野で評価を高め、東南アジア市場にも広がりを見せている。蔵本厚一専務は「阿蘇の資源を世界へ。受け継いだ技術が再び時代に合い始めた」と語る。

阿蘇の地に根づいた“生きた資源”

 阿蘇山のカルデラ地形。その底に堆積する黄土色の層が、リモナイトと呼ばれる褐鉄鉱である。約30万年前から繰り返された火山活動の末、9万年前の大噴火で形成された地層には、今もマグマの熱が残り、地中水が鉄分を溶かしながら湧き出している。空気に触れることで酸化し、黄土状の鉄鉱物となる。この“生成途中”の鉱物こそ、阿蘇にしかない天然資源だ。

 古代からこの地の「赤い土」は特別な意味をもっていた。『魏志倭人伝』には、魏の皇帝が卑弥呼に「真珠・鉛丹(赤色顔料)」などを下賜した旨が記されている。弁柄(酸化鉄顔料)は弥生期から用いられており、阿蘇一帯でも出土例が多い。古墳の棺や神社の鳥居に塗られた“弁柄色”は、阿蘇産の黄土を焼いた天然顔料とされ、虫除けや防腐、祭祀のための神聖な色として使われてきた。リモナイトは、人と自然の関係を象徴する素材として、2000年の時を超え現代にも息づく。

 戦時中には三井鉱山が軍需用鉄資源として採掘を進め、戦後は環境資材としての新たな道を歩んだ。硫化水素や有害ガスを吸着する特性を生かし、北九州の製鉄所や都市ガス精製施設で公害防止材として採用。昭和40年代、日本リモナイトはこの技術を継承し、下水処理施設向けの脱硫剤「リモニック」ブランドを確立した。現在では福岡市をはじめ全国の下水処理場で使われ、社会インフラを支える縁の下の力持ちとなっている。蔵本専務は「リモナイトは鉄を生む鉱石ではなく、地球を浄化する鉱石だ」と語る。

環境技術から生命産業へ──60年の蓄積が導く広がり

 同社の歩みを支えてきたのは、「環境に貢献する素材」という一貫した理念である。
 熊本県農業技術センターと共同で取り組んだ養豚場の悪臭対策では、散布したリモナイトを豚が自ら食べ始め、成長率が15%向上したという。鉄分とミネラルの造血・整腸効果により、排泄物の臭気も大幅に低減。現在では乳牛や肉牛の飼料添加剤としても定着し、乳量増加や肉質改善などの成果が報告されている。

(株)日本リモナイト 蔵本厚一専務
蔵本専務

    蔵本専務は「血の赤い動物はすべて鉄を求める。リモナイトは自然のミネラルサプリメント」と語る。北海道では家畜糞尿の臭気低減材として採用が進み、空港周辺の悪臭問題を解消した。養殖業界では車エビや真鯛、ブリなどの成長促進、病害軽減など実績が広がり、飼料メーカーとの共同研究も進む。

 さらにペットフードやヒト用サプリメントにも応用が拡大。消臭効果や腸内環境の改善、毛艶向上などが報告され、天然素材由来の機能性商品として市場が拡大している。こうした展開は決して“新素材の発見”ではない。半世紀にわたり続けてきた同社の技術開発と実証の積み重ねが、時代の要請と合致し、再び評価され始めたのである。

伝統と革新が結ぶ未来──阿蘇からアジアへ

 リモナイトの応用は、環境や畜産を超え、建築・農業・水処理など多領域におよぶ。建築分野では、漆喰や珪藻土に混ぜた「リモナイト壁材」がホルムアルデヒドなどの有害ガスを吸着し、シックハウス対策や防蟻材として注目を集めている。京都工芸繊維大学との実験では、リモナイト層をシロアリが通過できないことが確認された。

 農業分野では、土壌改良剤としての活用が進み、土中ガスの吸着や根張り促進、糖度向上の効果が報告されている。水田では籾に微粉リモナイトをコーティングし、直まき栽培を可能にする実証も進む。こうした用途の多様化は、自然素材を循環的に利用する地域型ビジネスとして注目されている。

 そして現在、東南アジアでの展開が加速している。タイ、インドネシア、マレーシアなどで畜産・養殖資材としての導入が進み、現地企業や政府機関との連携も始まった。鉄鉱石として輸出できるため検疫上の制約も少なく、環境・食糧課題を抱える新興国からの需要は高い。蔵本専務は「阿蘇で培った技術を海外へ広げる時がきた。リモナイトは地域資源であると同時に、国際資源でもある」と意欲を語る。

 阿蘇の大地は今も呼吸している。マグマ熱に溶け出した水が酸化を繰り返し、新たなリモナイトを生み出している。地球の営みが続く限り、この資源は再生し続ける。蔵本専務は「我々の仕事は地球の時間のなかにある。60年かけて育ててきた信頼と技術を、次の100年へつなげたい」と語る。

水汲み風景
水汲み風景

    リモナイトは単なる鉱物ではない。卑弥呼の時代から人々の暮らしを支え、昭和の公害対策で社会を守り、令和の今、環境・食・エネルギー分野で再評価されている。阿蘇の赤土が宿す“自然と共生する智慧”は、これからの循環型社会を支える基盤となるだろう。

 創業60年を迎える日本リモナイトの挑戦は、過去の延長ではなく、未来への継承として新たなステージを迎えている。

<鉄タンニン錯体>
阿蘇のリモナイトは、理科的にも興味深い性質をもっている。たとえば、リモナイトを含んだ地下水にお茶を注ぐと、瞬く間に真っ黒に変化する。この現象は、地下水中の鉄分とお茶に含まれるタンニンが反応して、黒色の「鉄タンニン錯体」を生成するためである。いわば天然のインク反応であり、自然が示す小さな化学実験といえる。

【児玉崇】


<COMPANY INFORMATION>
商 号:(株)日本リモナイト 
代 表:松崎武則
所在地:熊本県阿蘇市狩尾289
設 立:1966年2月
資本金:1億円
TEL:0967-32-1082
URL:www.limonic.co.jp

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