2024年12月23日( 月 )

2016年に向けて、固まる決意

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世相はスポンサーの思想?

fukei2 (公財)日本漢字能力検定協会が主催する2015年を象徴する漢字「安」が12月12日、清水寺で発表された。これは「安全・安心」の安であり、「安泰」の安であり、「安らぎ」「平安」「安堵」の安である。しかし、斜めから読むと「安倍晋三首相」の安で、「安保法制」の安、「不安」「安直」「安易」「安値」の安である。また、裏から読めば「安心できない」「安保反対」「安重根」の安とも読める。

 年末恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」では、「爆買い」と「トリプルスリー」が受賞した。浅学菲才の筆者には、残念ながらトリプルスリーが何を意味する語か分からなかったものの、爆買いのほうは、インバウンド景気に沸いたヘルスケア業界に身を置く身であれば理解できた。受賞したのがラオックスの羅怡文社長ということで、人づてに聞いたあるエピソードを思い出した。中国人のツアー客を乗せたバスはラオックスで買物をする。ある日、ツアー慣れした観光客がマツキヨで買物をしたところ、同じヘルスケア商品が安値で販売してあり、大いに腹を立てたという話だ。情報社会の世の中で隠し事は通用しないということか。

 似たような“賞”が世の中にはあまたある。第一生命の「サラリーマン川柳」、住友生命の「創作四字熟語」等々、世相を表わす風物詩として知れわたっているそうだが、そのどれもが冠付きのイベントだ。世相を体現しているのか、スポンサーの思想を押し付けられているのか、よく分からない。筆者が活動する食品業界にも「モンドセレクション」という正体不明の名誉賞が存在する。小麦アレルギー問題を引き起こし、集団訴訟にまで発展したいわく付きの石鹸(現在はリニューアルしている)が5年続けて金賞を受賞している。

歴史を決めるのは「歴史家の決意」

 筆者は昨年、母親を亡くした。父親は3年前に鬼籍に入っているため、田舎の実家を処分することになった。実家に置き去りにしていた蔵書を引き取り、じつに30年ぶりで、日焼けしたE・Hカー著「新しい社会」(岩波新書刊)を読み返した。社会主義社会の実現を夢見た著者の思想には、すでに社会福祉国家の実現が唱導されており、改めて目を通しても新鮮な印象を受けた。朱線だらけの同書を懐かしく読み返しながら、ふと強く心を引かれた一節があった。

 「私の家が焼け落ちてから、トインビーおよびバターフィールドの両教授を訪れ、その原因を尋ねますと、両氏は、それは空気中に酸素があるからです、と説明するに決まっています。この説明は、全く文句のつけようがありませんが、それでは保険会社の損害調査係は満足しないでしょう。これと同じように、最近の惨禍を人間悪に帰するのでは、歴史家を満足させることは出来ないのです。(略)たとえば、征服王ウィリアムがイギリスに上陸した正確な日付と場所、トラファルガーやユトランドの海戦に参加した軍艦の数と兵力、ある時期におけるある国の人口産業、貿易の統計というようなものです。これらの事実の歴史に対する関係は、瓦礫、鋼材、コンクリートの建築に対する関係と同じであります。これらのものは、確定され、テストされ、検証さるべき事実であります。歴史家は怪しげな資料を使って、失敗するようなことがあってはなりません。しかしながら、これらの事実がそれみずから『歴史上の事実』なのではないのです。それらを『歴史上の事実』たらしめるのは、ひとえに、これを使おうとする歴史家の決意によることです」。

 この一節に青年の朱線は引かれていなかった。1つの漢字も、時代の世相も、読み手の年齢やその置かれた環境、その読み方によって違った受け止め方がされる。そう思いつつ、メディアの端くれとして活動している現在の自分を顧み、カー氏の言葉をかみ締めるごとに、新たな決意が固まるのを感じざるを得ない。

【執行役員 ヘルスケア事業部長 田代 宏】

 

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