2024年11月25日( 月 )

北朝鮮の「水爆」実験(前)

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 「スカッと爽やか」と言えば、日本では「コカ・コーラ」と答えるのが定番だが、北朝鮮の金正恩・第一書記には、水爆実験がスカッと爽やか、つまり「爽快な爆音」と聞こえるようだ。6日、世界を驚かせた北朝鮮の「水爆実験」発表は、2016年の新春に衝撃波を与えた。特に、事前通知を受けず不意打ちにあった中国の驚愕度は、推測して余りある。北朝鮮王朝の三男坊の高笑いが聞こえるようだ。「予測不可能」な金正恩体制の動向は、「統制不可能」な中東情勢に気を取られていた各国政府にも、匕首を突きつけられる形になった。北朝鮮経済の「意外な堅調さ」に注目しながら、その実、中身がうつろな「水爆実験」の波及先を考えたい。

エスカレートする金正恩の「自己顕示欲」

sora 「2016年の荘厳な序幕を、初の水素爆弾の爽快な爆音で開く」
 こういった大仰な表現の金正恩文書が登場したのは、今回が初めてだ。北朝鮮の朝鮮中央テレビは6日、金書記が核実験に関する文書に署名する様子を放映した。そこにあった特異なフレーズだ。16年は、北朝鮮にとってどういう年なのか。答えは簡単明瞭である。このくだりの前文に、16年を「歴史的な党第7回大会が開かれる勝利と栄光の年」と記述してあるからだ。北朝鮮 にとって「水爆実験」の意味は、まず、この点にある。
 金日成、金正日、そして金正恩と続いて来た「金王朝」三代目の最大の特徴は、祖父や父に比べても、はるかに「自己顕示欲が強い」ことだ。今回の「爽快な爆音」文書も、彼の自己顕示欲の延長線上にある。元日恒例の「新年の辞」で、金書記は党大会が「歴史的な分水嶺になる」と宣言した。その具体的な行動が、今回の「水爆実験」だったのである。彼の行動パターンは、意外とシンプルなのである。

 金書記が「水素爆弾の巨大な爆音」に言及したのは、6日に公表された文書が初めてではない。すでに昨年12月、北朝鮮の報道機関が金書記による「水爆発言」を報道した。これに反発した中国側が訪中していた北朝鮮の女性音楽楽団「モランボン楽団」の 演奏に不快感を示したことから、同楽団が急きょ予定をキャンセルして平壌に引き揚げるという事態が起きていた。その時から注目されていた発言なのだ。
 モランボン楽団撤収→水爆実験というプロセスは、現在の中国・北朝鮮関係を象徴する出来事だ。金書記が「水爆実験」実施を命令する文書に署名したのは、この中朝間トラブルが発覚した直後の昨年12月15日だ。今回、北朝鮮側はその日付まで公表して、北朝鮮側の対中不快感を露骨に世界に示した。実験の「事前通告」がなかったこととあわせ、中国は、この1カ月ほどで2度も、北朝鮮に「恥」をかかされたことになる。中国共産党の自尊心を大いに傷つけるものだ。

 しかし、そうでも構わない、と金書記は思っている。金正恩書記は、中国にとってすでに「統制不能」な人物になっているということだ。これは対北朝鮮政策では、中国頼みの韓国パク・クネ政権にとっても大いに打撃を与える「三男坊のあきれた言動」なのである。

(つづく)
【下川 正晴】

<プロフィール>
shimokawa下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授を歴任。2007年4月から大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp

 
(後)

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