(一社)アジア・インスティチュート
理事長 エマニュエル・パストリッチ
地域専門家と多様な人材が
情報機関を強くする
第六に、情報機関のなかで、若者、女性、多様な文化的背景をもつ日本人の役割を高めなければならない。若者による複数の独立チームを設け、それぞれが正確性を目指しながら、新鮮な視点を競い合う仕組みが必要だ。
革新的な分析モデルを生み出すには、避けがたい失敗に対して一定の寛容さが求められる。失敗を過度に恐れる組織からは、新しい発想は生まれない。
第七に、国や地域の政治、地理、歴史に深く通じた専門家を育成しなければならない。中国専門家や米国専門家だけでは不十分である。中国全体ではなく広西チワン族自治区を理解する専門家、米国全体ではなくイリノイ州の政治経済を深く知る専門家も必要である。
同時に、国家の枠を越えたグローバルな情報モデルも必要である。現代の経済や政治は、本質的に超国家的な性格を帯びている。すでに世界では、国や地域を越えて、価値観や利害を共有する連携が形成されている。グローバル化した日本には、中央アジアやアフリカに対する専門性も不可欠だ。
日本の大きな弱点は、地域専門家の養成に十分成功してこなかったことにある。政治の流れを読むことで成功する「一般専門家(generalist)」は多い。米国に詳しく、ワシントンに人脈をもつ人物も少なくない。しかし、それ以外の地域に長期的に特化し、深い専門性を蓄積する人材は十分ではない。これからは、政治的な人脈ではなく、業務上の実効性によって専門家を評価する仕組みが必要である。
イランで露呈した米国諜報の限界
第八に、北朝鮮だけに焦点を合わせた情報活動から脱却する必要がある。北朝鮮の脅威は、従来の国家モデルだけでは捉えきれないものになりつつある。サイバー空間、金融ネットワーク、武器取引、第三国を介した協力関係など、超国家的なネットワークの一部として進化している可能性がある。将来の北朝鮮は、我々が従来想定してきた北朝鮮とはまったく異なる国家になっているかもしれない。
第九に、上位序列に偏った分析文化を克服しなければならない。日本の分析官は、外国を分析する際、最高指導者や閣僚、大統領府、官邸といった上層部の動向に注目しがちである。しかし、今日のネットワーク社会では、実際の政策や作戦が、准将、次官、政治コンサルティング会社、臨時の専門チームといった、より下位のレベルで決定される場面が増えている。イラン戦争においても、イラン側は従来型の中央集権的な指揮系統だけに依存せず、地域や部隊ごとに権限を分散させる「モザイク防衛」と呼ばれる体制を活用しているとされる。これは、指導部や中枢部が攻撃を受けても、各地の部隊が一定の自律性をもって行動できるようにする仕組みである。
国家情報局は、こうした変化を反映するため、柔軟に分析モデルを見直さなければならない。他国政府が自国について流す「神話」を、そのまま信じることは根本的な誤りである。どの政府で何が起きているのかを知る最善の方法は、単に膨大なデータを収集することではない。まず想像力を働かせ、起こり得るシナリオを6~7通り描くことである。そのうえで、データによって可能性の低いものを除外し、最も妥当なモデルに近づいていくべきである。米国においても急激な政治変化は十分に起こり得る。日本は、その可能性に備えなければならない。
混迷の時代に求められる
創造的インテリジェンス
最後に、第十の原則として、情報分析は極めて深刻な分野であると同時に、芸術的な側面ももつことを忘れてはならない。固定観念を脱したモデルをつくるには、創造性を育む環境が必要である。文章を書くこと、演劇を行うこと、音楽や美術に親しむこと。こうした活動は、分析官の想像力を豊かにする。
日本の強みは明らかだ。一流の科学研究と、国民の高い教育水準である。東京には、中東、中国、東南アジア、インド、ロシア、米国などを深く理解する日本人が少なくない。これは、米国をはじめとする西側諸国にも必ずしも十分に備わっているものではない。
イランをめぐる失敗を見ても、米国が情報分析において常に先進国であるとはいえない。日本は、まず日本自身の伝統に立脚し、独自の情報分析の方法を発展させるべきである。
世界の混迷と混乱が深まる今日、日本が米国の模倣にとどまらず、新しい発想をもって情報分野に取り組むならば、日本独自の強みを生かし、世界をリードすることも可能である。正確な情報を確保する新たな国際的情報ネットワークを構築するうえで、日本が主導的役割をはたすならば、情報の領域における新しい「ジャパン・アズ・ナンバーワン」も、決して夢物語ではない。
(了)
<PROFILE>
エマニュエル・パストリッチ
1964年生まれ。アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビル出身。イェール大学卒業、東京大学大学院修士課程修了(比較文学比較文化専攻)、ハーバード大学博士。イリノイ大学、ジョージワシントン大学、韓国・慶熙大学などで勤務。韓国で2007年にアジア・インスティチュートを創立(現・理事長)。20年の米大統領選に無所属での立候補を宣言したほか、24年の選挙でも緑の党から立候補を試みた。23年に活動の拠点を東京に移し、アメリカ政治体制の変革や日米同盟の改革を訴えている。英語、日本語、韓国語、中国語での著書多数。『沈没してゆくアメリカ号を彼岸から見て』(論創社、25年)、『USAを盗んだ男—トランプ、そして腐敗を極める輩たち』(論創社、26年)。








