「蛇足」から読む中国企業のブランド戦略

青山英明

 日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、中川十郎理事長)より、青山英明氏の記事を提供していただいたので掲載する。

 中国企業を観察していると、その強みと弱みが、しばしば同じ場所から出ていることに気づく。速度、実験性、話題化の力、そして自らを強く見せようとする自己演出である。

 これらは、市場を切り拓く武器になる。新しい商品を素早く投入し、消費者の反応を見ながら修正し、短期間で認知を広げていく力は、中国企業の大きな特徴の1つである。一方で、動きが速い環境ほど、すでに成立していた価値に余計なものを加え、かえってブランドの輪郭をぼかしてしまうこともある。

勝利の後に生まれる「蛇足」

 この問題を考えるうえで、『戦国策』に見える「蛇足」の逸話は、いまなお有効な補助線になる。楚の国で酒を得た者たちが、地面に蛇を描き、最初に描き終えた者が酒を飲むことにした。ある者が最初に蛇を描き終え、余裕を見せて蛇に足を描き加えようとした。すると別の者が蛇を描き終え、「蛇にはもともと足がない。どうして足を描き加えることができるのか」と言って酒を奪った。余計なものを付け加えた者は、本来得られるはずの酒を失った。この逸話は、単に「余計なことをして失敗する」という教訓にとどまらない。むしろ注目すべきは、失敗が勝利の後に起きている点である。最初に蛇を描き終えた者は、すでに勝っていた。にもかかわらず、さらに自分の能力を示そうとした。失敗の原因は、能力の不足ではなく、勝利後の過剰な自己証明にあった。

 ビジネスに置き換えれば、商品企画、ブランド拡張、組織内での自己表現、経営戦略の提案などにおいて、すでに価値が成立しているものに不要な要素を加え、かえって評価を損なう現象に近い。価値を高める追加と、価値を毀損する蛇足との境界は、常に文脈のなかで決まる。

茅台アイスクリームは蛇足か、
ブランド再設計か

 現代中国企業の事例として、茅台アイスクリームは、この境界を考える格好の素材となる。茅台酒は、中国を代表する高級白酒ブランドであり、国宴用の酒としても知られる。その茅台が2022年5月からアイスクリームを販売したことは、一見すると伝統的ブランドから大きく外れた展開にも見える。高級白酒とアイスクリームの組み合わせは、単なる話題づくりなのか。それとも、ブランドの若返りと顧客接点の再設計なのか。この判断は容易ではない。

 ここで見落とされやすいのは、ブランド拡張がすべて蛇足になるわけではないという点である。成熟したブランドが若年層との接点を失えば、将来の顧客基盤は細りやすい。伝統的な高級ブランドほど、既存顧客への信頼を維持しながら、新しい顧客接点を設計する課題を抱える。茅台アイスクリームが単なる奇抜な商品で終われば、それはブランドを安売りする蛇足に近づく。しかし、茅台というブランドが持つ品質イメージ、希少性、贈答文化、高級感を損なわず、若年層との接点を広げるものであれば、ブランド資産の再配置として理解する余地がある。

 この見極めには、ジム・ステンゲルのブランド論が1つの手がかりとなる。ステンゲルは、ブランドを単なる商品名や広告表現としてではなく、そのブランドが社会や顧客に対してどのような理念や存在意義をもつかという視点から捉えた。ブランドを評価する際には、単に売上や話題性だけを見るのではなく、そのブランドの未来にとって中核となる顧客や利害関係者との関係において、ブランド理念がどの程度実現されているかを見る必要がある。

 つまり、ブランド拡張の成否は、「新しいことをしたか」だけでは測れない。むしろ、ブランドの中核価値を損なわず、未来の顧客接点を増やしたかどうかにかかっている。茅台アイスクリームは「蛇足」か、ブランド資産の有効な再配置かの境界線上にある。酒という商品カテゴリーを越えた時点では危うさがある。しかし、それがブランド理念と顧客接点の再設計として機能するなら、単なる蛇足とは言い切れない。問題は、商品の意外性そのものではなく、ブランドの中核価値との接続にある。

組織内の自己演出が招く蛇足

 一方で、華為技術、すなわちファーウェイの創業者である任正非をめぐる「万言書」の逸話は、組織内における別のかたちの蛇足を示している。

 1997年に新入社員が任正非に対し、華為の発展戦略について長文の提言を送ったとされる逸話である。任正非はそれに対して、もし精神に問題があるなら治療を勧め、そうでなければ辞退を勧める、という趣旨の厳しい反応を示したとされる。この逸話の細部には留保が必要だとしても、中国企業文化を考えるうえで象徴的な意味をもつ。

 入社直後の個人が、組織の歴史、業務の実態、経営課題の複雑さを十分に理解しないまま、経営戦略全体を論じることは、自己表現として過剰に映りやすい。本人にとっては熱意や知性の提示であっても、組織から見れば、現場理解を欠いた自己演出と受け取られる可能性がある。

 これは「蛇に足を描く」行為に近い。

 新入社員にまず期待されやすいのは、組織の業務を理解し、現場で信頼を蓄積し、自分の役割において成果を示すことである。にもかかわらず、最初から大きな戦略論を提示しようとすると、本来評価されるはずの能力や意欲が、かえって不信感を生むことがある。組織内における個人ブランドも、商品ブランドと同様である。自己表現の量ではなく、文脈との適合によって評価される。

 ここに、古典と現代ビジネスを接続する論点が浮かび上がる。商品企画においても、個人のキャリア形成においても、問われるのは「何を加えるか」だけではない。「どこまで加えるか」「どの文脈で加えるか」「誰に対して加えるか」が同時に問われる。

 価値を高める追加要素と、価値を毀損する余計な要素の境界は、常に状況依存である。

 ブランド拡張は、顧客接点を広げる場合には有効に働く。しかし、ブランド理念を曖昧にし、既存の信頼を損なう場合には蛇足となる。組織内での発言も、経験と責任に裏づけられていれば提案となる。しかし、立場や文脈を欠いた自己表現は、過剰な演出と見なされやすい。

速く動く企業ほど「止める位置」が問われる

 中国ビジネスを考える際、この問題はとくに見落としやすい。

 中国企業は競争が激しく、新しい商品、新しい市場、新しい概念、新しい技術への反応も早い。消費者市場は変化しやすく、SNSやプラットフォームを通じて、商品やブランドの評価が短期間で形成される。そのため、企業は常に新しい接点を探し、差別化を試みる。

 しかし、こうした環境では、過剰な追加や過剰な転換も生じやすい。新規性が価値になる一方で、新規性そのものを追いかけることが、ブランドや組織の中核を見失わせる危うさもある。中国企業の強みである速度、実験性、展開力は、同時に蛇足を生みやすい条件にもなり得る。

 「蛇足」は、こうした現代の企業行動を考えるうえで、単純だが有効な判断軸を与えてくれる。すでに価値が成立しているものに対し、追加される要素は、その価値を強めるのか。それとも、価値の輪郭をぼかすのか。既存の文脈と接続しているのか。それとも、単なる自己主張や話題づくりにすぎないのか。加えることで顧客、組織、利害関係者との関係が深まるのか。それとも、かえって不信や違和感を生むのか。

 現代中国ビジネスの速度と競争の激しさは、企業にも個人にも「何かを加え続ける」圧力を与えている。しかし、加えること自体が価値なのではない。何を加えないか。どこで止めるか。どの文脈で語るか。

 本当に強い企業は、動く速さだけでなく、止める位置を知っている。

 古典が今日なお有効なのは、過去の答えをそのまま与えるからではない。人と組織が、勝った後にどこで判断を誤るかを、簡潔なかたちで示してくれるからである。


<プロフィール>
青山英明
(あおやま・ひであき)
一帯一路日本研究センター研究員、南京大学博士課程在学中。南京大学「一帯一路」研究院首席専門家・于文傑に師事し、地政学的ロジックを一次史料に基づく解析で、海のシルクロードと「一帯一路」構想の構造的共通項が、現代の意思決定に与える示唆を研究テーマとする。
実務面では、2007年より香港、蘇州、上海、北京の主要4都市に12年間駐在。証券・PEファンドの立場から、中国経済の変遷と資本論理を現場レベルで一貫して経験した。現在、北京語言大学の非常勤講師として「日中間のビジネス事情」を担当。同時に、中国企業の日本パートナーとして隔月での現地往来を継続しており、企業のハンズオン支援やスタートアップ投資を通じて、現地の最新の意思決定プロセスに直接関与している。

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