現在、福岡県議会──ひいては福岡県政が揺れている。正副議長ポストをめぐる金銭授受疑惑や、高額過ぎると批判されている海外視察の問題、県庁職員によるパーティー券購入の問題、ワンヘルス事業をめぐる問題、そして議長職の辞職勧告決議案の採決中止など、連日のように県議会・県政に関する諸問題が次々と報じられている。だが、そもそも何が原因でこれだけの問題が表出する事態となっているのか、今回の問題の根底にあるものとはいったい何か──。
福岡市東区選出で県議に2回当選、市議を7期務め、福岡市外環状線を企画した功労者、コンベンションビューローの立ち上げ人など、数々の功績で知られる、前福岡市議会議員・藤本顕憲(あきのり)氏。自身も県議を務めた経験をもつ藤本氏による見解を基に、今回の一連の問題の“源泉”について論じてみよう。
表出している問題は、
県政の「体質」に起因
まず藤本氏は、今回のような問題は、渦中の人物となっている個々の政治家や、行政職員のモラル低下だけに起因するのではなく、県議会と行政の関係の在り方そのものに長年の歪みがあると見ている。
藤本氏の説明によれば、そもそも県議会議員をはじめとした議員に求められるのは、自ら政策を練り、質問を組み立て、行政をチェックする能力だ。そして議員本人がそうした能力を十分にもっていないと、その穴を行政職員が埋めなければならないという構図が生まれる。行政職員は、自分から前面に出て政策を実行することはできないが、議員の質問を手伝うかたちで、自分たちが進めたい政策を議会での議論の場に載せることはできる。すると、議員にとっては質問がつくりやすくなり、行政にとっては望ましい政策を前に進めやすくなる。こうした関係が積み重なると、議会が本来もつべき緊張感や監視機能が弱まっていくのだという。
藤本氏が問題視するのは、まさにこの点だ。議場でのやり取りが始まる前の、質問書をつくる段階から、すでに行政と議員の利害調整が進んでしまっている。そうなれば、表向きには議会が行政を問いただしているように見えても、実際には行政にとって都合の悪い質問は出にくくなり、議会のチェック機能そのものが空洞化していく。
「仲間意識」が金銭感覚を鈍らせる
さらに藤本氏は、こうした構造が、そのまま金銭感覚の緩みや癒着につながると見立てている。
行政職員からすれば、自分たちの考えた政策が議員質問となり、知事や首長の答弁として前向きに語られ、実際の政策になっていくことは、一種の達成感や高揚感につながる。議員と職員の間に、単なる仕事上の関係を超えた“仲間意識”のようなものが生まれる下地すらある。
そうした空気のなかでは、パーティー券の購入や、経費の扱い、視察にともなうさまざまな便宜の供与についても、完全な外部者に対して金を出す感覚ではなく、「自分たちの側の人間を支える」という心理が働きやすいという。藤本氏は、過去に問題視された福岡県の空出張や空伝票の問題も、必ずしも露骨な悪意だけで動いていたわけではなく、議会活動を行政が支え過ぎた結果、罪悪感そのものが薄れていった面があるのではないかと見ている。
問題は、誰かが一度だけ道を踏み外したというより、議会と行政の距離が近づきすぎた結果として、互いの感覚が麻痺していくことにあるのだという。
福岡県政の「金の匂い」は
どこから来るのか
藤本氏はさらに、福岡県政や県議会に漂う独特の金銭感覚について、自身の推測や憶測を含めてだが、と前置きしたうえで、福岡県としての地域の産業構造や政治文化の歴史にまで遡る必要があるのではないかと見立てる。
たとえば筑豊の石炭産業や北九州の鉄鋼産業など、大きな利権と資金が動く地域では、人夫などの“荒くれ者”をまとめ、言うことを聞かせるためには、“腕力”と“金力”が必要だとされてきた。そして、そうした地域からは、辣腕ぶりを発揮する有能な政治家が多数輩出されてもいる。だが、そうした地域では、「人の上に立つには金が要る」「イスをもらうのには金が必要だ」「ポストには金の匂いがともなう」という感覚が当たり前となり、そうした麻痺した金銭感覚が長い時間をかけて、福岡県の政治の世界にも染みついていったのではないかと推測する。
問われるのは、
個々の議員の資質と選挙制度
さらに藤本氏は、公務員にも弁護士にも会計士にも一定の試験や資格があるのに、政治家だけは基本的に選挙に通りさえすれば誰でもなれてしまう、という現行制度の特異性への疑問も投げかける。
もちろん、被選挙権それ自体は、民主主義の開放性でもある。しかし、資質や見識が十分でないまま当選する人が増えれば、その不足を行政が埋めざるを得なくなり、結果として議会の自立性が失われる。知名度や勢いだけで当選する候補、タレント性だけで議員になって実際には何もできない議員の存在など、「政治の入口」があまりに無防備であることへの危機感をにじませた。
しかし一方で、制限を厳しくし過ぎれば、情熱や突破力をもった政治家が出てこなくなる恐れもある。この点については、立候補の自由と政治の質の担保をどう両立させるか、簡単には答えが出せないテーマだ。
今回取り沙汰されている福岡県政・県議会の問題は、単発の不祥事ではない。福岡県政・福岡県議会の奥底に長年にわたって蔓延っている悪しき体質や慣習が、ここにきて次々と表出したものだといえるだろう。
【坂田憲治】









