国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏
インドのモディ首相は1950年9月17日生まれですから、間もなく76歳です。70代半ばでありながら、極めて頑健なライフスタイルを見事に体現しています。毎日平均20時間近くも働き、世界中を飛び回る超過密スケジュールをこなしているではありませんか。病気による公務の欠席などはほとんど報道されていません。来る7月1日から3日にかけて、高市首相は世界一の人口大国となったインドを訪問し、モディ首相と首脳会談に臨みますが、体調不良が懸念される高市首相であればこそ、モディ首相から健康維持の秘訣を学んでほしいものです。
ヨガと菜食が支える超人的な自己管理
インドのモディ首相の健康の源泉はヨガと菜食といわれています。何しろ、毎朝4時〜5時に起床し、欠かさず数時間のヨガと瞑想を行っているとのこと。「世界ヨガの日(6月21日)」には自ら先頭に立って何万人もの前でヨガを披露することで知られています。
加えて、厳格なベジタリアンであり、肉や魚は一切口にしない完全な「菜食主義者」です。しかも、断食の習慣を大切にしており、毎年秋に行われるヒンドゥー教の聖なるお祭り(ナヴラトリ)の期間中、9日間にわたって「水だけ(またはわずかなレモン水だけ)」で過ごしながら通常業務を行うのが慣わしで、驚異的な自己管理能力を誇っています。
家族をもたない政治家
国家こそ「家族」の流儀
モディ首相には、子どもはいません。また、「妻」は存在しますが、長年にわたり事実上の独身として生活しています。戸籍上の妻であるジャショダベン・モディさんとは約55年間の別居状態です。
実は、モディ氏が18歳の高校生だったころ、親同士が決めたインドの伝統的な児童婚の慣習により、当時17歳のジャショダベンさんと結婚しました。しかし、モディ氏は「国家と宗教に人生を捧げる」という強い意志をもっていたため、結婚生活を一切営むことなく、結婚からわずか数カ月で家を出てヒンドゥー教の修行の旅に出てしまったのです。
妻のジャショダベンさんはその後、小学校の教師として働き、現在は定年退職して自身の兄弟の家族と静かに暮らしています。正式な離婚はしていません。モディ氏は長年、公の書類の配偶者欄を「空欄」にしていましたが、2014年の首相選の際に初めて「妻がいる」と公表し、大きな話題となったものです。現在、彼女には首相夫人としての政府による警護(SP)がついています。
前述の通り、結婚後すぐに別居したため、子どもは1人もいません。政敵からは「家族をもたない男に、国民の気持ちはわからない」と批判されることもありますが、支持層からは逆に「身内に利権を配る(世襲政治を行う)心配がない、完全に清廉潔白な政治家」として高く評価される要因になっています。
モディ氏は、駅で紅茶(チャイ)を売って暮らすという非常に貧しい家庭の6人兄弟の三男として生まれました。最愛の母は22年に100歳で亡くなりました。
残されたほかの兄弟たちは、モディ氏が首相になってからも、政治の光を浴びることなく、地元グジャラート州で自動車の修理工や民間の小規模な会社員として、現在も一般庶民として爪に火を灯すように、ささやかに静かな生活を送っています。というのも、モディ氏が親族への利益誘導を一切禁止しているためです。
現在75歳のモディ首相は、ヨガに裏打ちされた超人的な肉体をもち、妻や子どもをもたず、実家の兄弟たちとも距離を置くことで、インドという国家(14億人の国民)そのものを自分の家族と位置づける独特の政治スタイルを現在も貫いています。
日本文化への敬意と安倍氏との深い絆
一方、モディ首相は、日本文化に対して極めて深い関心と尊敬の念を抱いています。とくに、日本の伝統的な精神性、職人技、そして仏教を通じた歴史的・文化的なつながりを重視していることは間違いありません。
大の親日家ですが、すでに紹介したように、厳格なベジタリアンであり、お酒も一切口にしません。 そのため、日本の首相や自治体が彼をもてなす際は、日本の伝統技術を駆使した「特別な和食」が提供され、モディ首相を感動させてきました。
たとえば、14年の初来日時、当時の安倍晋三首相の招待で京都迎賓館や古刹を訪れた際、お麩、ごま豆腐、湯葉、くりご飯といった出汁(だし)から具材まで肉・魚・卵を一切使わない本場の「精進料理」でもてなされました。モディ首相はこの料理を非常に気に入り、きれいに完食したことが報じられています。
日本側は、寿司文化を楽しんでもらうために魚の代わりに新鮮な野菜や漬物を用いた「野菜のすし」を用意して接遇しました。和食の「素材そのものの味を生かす」という引き算の美学は、彼のストイックな食生活や思想とも見事に合致しています。
モディ首相にとって、日本は「最も信頼できる特別なパートナー」であり、私生活や政治キャリアにおいて深く結ばれた日本人が存在します。具体的には、安倍晋三氏は単なる外国の首脳を超えた「最も親しい親友」でした。モディ氏がまだ一地方の州首相(グジャラート州)だった時代、欧米諸国が彼を警戒していたなかで、安倍氏はその将来性を見抜き、いち早く手厚く歓迎しました。このときの恩義をモディ首相は終生忘れませんでした。
2人が首相になってからは、お互いの地元(インドのバラナシや日本の山梨県)に招待し合う異例の「別荘外交」を展開したわけです。22年に安倍氏が亡くなった際、モディ首相は「私の友人、安倍さん」という異例の追悼手記を日本の新聞などに自ら寄稿し、インド国内に1日限りの国家哀悼の日を設けるなど、その絆の深さは世界の外交史に残るレベルのものでした。
(つづく)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。








