真夏に脊振の山を歩くのは、体力温存の観点からなるべく控えている。格別な花が咲いているときに会いに行く程度である。そのため、脊振に涼を求めて沢(渓流)に水浴びに行くことになる。
脊振山系には福岡県側に大小多くの沢があり、ほとんどがザイルを使わなくても楽しめる沢である。あえてザイルを使って滝を登る人たちもいるが、筆者たちはザイルを使わない方法で楽しんでいる。
沢登りの魅力は大小の滝や釜(滝壺)で首まで水に浸かり、浮かんだり、崖の割れ目につかまって深みを渡ったりして自然を楽しむことだ。変化のある沢もあるが、脚を水に浸して歩くだけの沢もあり、沢登りの方法がそれぞれある。しっかりとしたリーダーがいないとケガにもつながる。安全対策は必須である。
今年の梅雨明けは昨年より早く、早朝から30度を超える日が続いた。毎年、脊振の沢で水浴びをすると猛暑を乗り越えられる。高齢になったこともあり、沢遊びは今年限りと決めていたが、体が沢登りを求めてきた。
7月11日(土)にワンダーフォーゲル部の1年後輩のOの仕事が休みだったので、沢に誘った。場所は脊振山直下の車谷の左俣である。脊振山から溢れる源流は福岡市早良区椎原集落の椎原川から二級河川の室見川に合流し博多湾に注いでいる。脊振の豊かな水は脇山米としておいしい米を育てている。「お田植米」が息づく歴史あるエリアでもある。
車谷の左俣は仲間たちとよく登った場所である。椎原の登山口から椎原川の上流沿いに登山道を縦走路の矢筈峠へ向かって1時間進むと登山道を横切るかたちで左手に枝沢が流れている。ここは危険性がなく、脊振山直下から湧き出した清流が体を冷やしてくれる。ここが左俣の沢である。入渓ポイントは狭いが、奥へ進むにつれて、規模の大きな渓谷ともなっている。
この日の装備は沢シューズ(底がフェルト生地で苔でも滑らない)、スネ用のスパッツ、ヒザ用サポーター、沢用の半ズボン、作業用のゴム手袋と登山用のヘルメット、念のためにお助け紐(スリング)、カラビナを装備し、安全対策をした。持参品(携帯食、救急セットなど)はビニール袋に入れ、ザックに収納した。
小型動画カメラをネックストラップで首からかけた。スマートフォンはザックの胸の位置のケースに固定した。深みに入らないので濡れることはない。地図アプリのYAMAP(以後ヤマップ)を動作させ、ときどき現在地を確認した。
(安全対策でハーネス装備、口にマウスピースをはめています)
沢登りは1年ぶりなので少し緊張が走る。3分も歩くと沢歩きの記憶が蘇り、積極的に水のなかに足を入れて上部へ進んだ。冷たい清流が体に当たり心地よい。水深は膝下で緩い流れである。左右の岩を見極め、手をつく場所、足を置く場所を瞬時に判断するので脳トレーニングにもなる。時折、うしろを歩く後輩に目をやる。後輩も来年80歳を迎える。
1時間も進むと見覚えのある美しい小さな滝が見えてきた。何度も来たのに後輩は覚えていなかった。ここで一息つくことにした。ヤマップで現在地を確認するとルートの3分の1の場所であった。久しぶりなので思っていたより時間がかかった。筆者は巻き寿司2つとバナナチップを口にした。後輩がプリンを振る舞ってくれた(いつも持参する)。
エネルギーを補給したところで、さらに奥へ進む。すると大小の魅力ある滝が現れた。これらの滝登りに果敢にチャレンジした。水流は体が流される程の勢いはなく、水浴びをする程度の流れである。ほとばしる飛沫が顔にかかり、気持ち良い。
この滝の岩は花崗岩なので割れることはない。ただ、浮いた石だけを確認した。迂闊に手をついたり、足を置いたりすると石が崩れ落ち、大怪我につながる。
2時間ほど奥へ詰めると、傾斜が緩くなり沢はゆるい蛇行を始めた。水の深さは足首あたりである。最終地点が近いのが分かる。山野草のトチバニンジンの群落が土手に開花準備をしていた。トチバニンジンは薬草で8月になると先端に赤い実をつける。貴重な植物なので場所は秘密である。
しばらく進むと清流となった。最終地点、脊振山直下の自衛隊専用道路は近い。最終地点を再度ヤマップで確認した。自衛隊道路へ出るより右手の笹薮を進むと気象レーダーの作業林道へ出ると判断し、笹薮をかき分けて進んだ。林道へ出たほうが登山口へ戻る時間が15分短縮できる。
笹薮のなかにイノシシが餌を探したため、土がめくれている場所もあった。空が見えてきたので林道が近い。10分進むと開けたアスファルトの林道へ出た。筆者たちは、森林のなかの涼しい場所からいきなり強い直射日光を浴びた。
木の陰で不要となった膝のスパッツや長袖の上着も脱ぎ、速乾性のシャツだけとなった。標高1,000m近い場所であるが、この日は猛暑だった。半袖シャツになると、ようやく生き返った。
気象レーダーへ続くアスファルトの下りの林道を歩くこと10分、脊振山〜椎原峠の縦走路との分岐である矢筈峠に着いた。コンクリートの壁に取り付けられた金属製のステップを下り、下山を開始した。ここから登山口まで下り道である。
10分下ったところで、筆者たちが取り付けたレスキューポイントで山の花を見に来た老夫婦(私より少し高齢だった)が休憩していた。「こんにちは!」と声をかけ、高山植物の情報交換をした。老夫婦は7月中旬ごろに咲くオニコナスビに会いに来ていた。
「今年はほとんど花が見当たりません、全滅状態です」と伝えた。多くの人がこの時期に鑑賞にきて根を踏みつけ、この植物を痛めてしまっているのである。筆者は密かに石で囲んで保護していたのだが、その石も濁流で流されていた。
「脊振の自然を愛する会の方ですか、写真を撮っていいか」と高齢男性がカメラを手にしたので、「後ろ姿だけですよ」と声をかけ2人でポーズをとり登山口へ下った。
30分ほど下ると入渓ポイントに戻ってきた。入渓する前に、このポイントに取り付けた小型の道標をタワシで磨いていた。小型の道標は乾いてすっかりきれいになっていた。ここから一気に登山道を下り、午後1時30分ごろ登山口に着いた。沢歩き3時間を含め、5時間の山歩きだった。
登山口で装備を外し、近くにある知人の山小屋へ顔を出した。今年3度目の訪問である。奥さんからスイカとシソジュースをご馳走になった。奥さんの山仲間の女性5人も来ていて賑やかだった。
少し歓談し、車で林道を下って自宅へ向かった。後輩が午後3時から予定があるとのことで自宅まで送った。後輩は筆者のマンションから車で10分の場所に住んでいる。筆者は帰宅予定時間より1時間遅れの午後3時過ぎに自宅に着いた。
帰宅して小型カメラの動画を確認すると、カメラを首にかけていたので撮影した画面は左右に揺れて記録されていた。ヘルメットに固定しておけば良かった。82歳の沢登りを満喫した。
脊振の自然を愛する会
代表 池田友行








