今昔雑感(2)人から機械へ、変わりゆく時代の風景

変わってしまった「当たり前」の風景

 雨に濡れながら下校中の児童に「車で送ろうか」と声をかけるのは自然なことだった。見知らぬ子どもでも悪いことをしていれば躊躇なく叱った。玄関にカギをかけることなく買い物に出かけた。

 以前の日本の見慣れた風景だ。それが今では親切心は「声掛け事案という事件」になり、他人の子を叱ると越権行為と非難され、玄関のカギは在宅時でも当たり前になった。

 変わったのはそれだけではない。二足歩行ロボットが短距離100mからフルマラソンまで人間より速く走る。戦争の世界も同じだ。戦争は発明の母であることは論を待たないが、現代の戦略、戦術変化はとてつもない。そして、その行き着くところはおそらく、ろくでもないところだ。

人に代わる兵器、終わらない戦争

 ロシアのウクライナ侵攻は戦車と投げ槍を意味するハンディミサイルのジャベリンの攻防で始まった。それから4年が過ぎた。いま、戦いの主役はドローンだ。その進化がすさまじい。時速は新幹線並みになり、ステルス機能をもち、20㎏の爆弾を積み1,000㎞を飛行する。

 ロシア・ウクライナ戦争にかかわるのは当事国だけではない。EU加盟国、アメリカ、イギリス、北朝鮮、中国、G7の日本と世界を巻き込む。平たく見ればもはや第三次世界大戦だ。世界中が戦争に参加するから、争いは容易に決着しない。

 並行してイスラエル、イラン、アメリカは別の戦争をしている。そこに国連の存在感はまるでない。

 ロシア・ウクライナ戦争がさらにエスカレートするとドローンに加えて二足、四足歩行ロボットが兵器や爆弾を抱えて地上から人間を襲うということにもなりかねない。攻守のいたちごっこだ。終わりが見えない。そうなると次に出てくるのが決着のための戦術核ということにもなりかねない。戦術核保有国ロシアが戦線の膠着に業を煮やして小型核を…。想像したくない結果だ。

 もう1つの戦争、ハマスとイスラエルの戦いは、今でもその爪痕が残る約2000年前のローマ軍によるエルサレム侵攻に似る。残ったのは石の壁だけだ。違う神の戦いで、互いに相手の存在を認めないというから、彼らはどちらかの身が粉になるまで争いかねない。こちらはジェノサイドという悲劇への一本道だ。

AIが変える小売業のかたち

セルフレジ イメージ    幸いなことにミサイルの飛行音の代わりに打ち上げ花火の音が響く平和なわが日本だが、スタンスを変えると小売の世界も似たような変革が本格化する。ダイエーが始めた24時間、365日営業だが、人手不足でそれをやめる小売が続出し、それは24時間が当たり前のコンビニにまでおよぶ。

 そんな小売業界に新たな24時間レースが始まった。スマホで入店する販売店だ。入店から決済までスマホで済む。その店に、接客のための従業員はいない。営業には管理者1人が常駐すれば済むし、とくに無人でも構わない。現金を扱わないから、強盗にも無縁だ。カメラシステムとスマホ登録で万引きもゼロになる。いわば長時間営業、無人労働の新方式だ。

 もともと小売業は労働集約かつ人的判断力が必須の業種だ。この半世紀、業界では作業効率と従業員の能力向上に大きなコストを割いてきた。いま、この2つが不要になるというのはまさにドローン革命に似ている。小売業の問題の1つにレジコストがある。レジには商品製造や品出しといった生産業務がない。代金を回収するという精算作業だけだ。しかし、その人件費は全人件費の20%を超える。売上対比にすると1~2%だからその削減は大きい。

 一方、店の不具合、不備、要望商品などの顧客情報はレジを介して店舗管理者に伝わることが多い。

 同じように商品の動きも担当者が把握し、店長やバイヤーに報告する。1983年、イトーヨーカドーが始めた業革は客数、天候、季節などを販売予測に反映させ、機会と廃棄という2つのロスの徹底削減に取り組んで業界に業革ブームを巻き起こした。旗振り役はセブン-イレブンの事業創業者・鈴木敏文だ。それから40年が過ぎて登場したのがAIだ。AIはあらゆるデータを取り込みながら発注量、販売価格などの作業指示を人間に対して行う。そこには人の経験も勘も工夫も必要ない。判断はすべて人工頭脳が決定する。そして最後は人が要らなくなる。最後に人の関与を残すのが生鮮食品だろうが、時代とともに家庭での調理加工が少なくなっている。これらも将来的にはより細かな素材、その形態、提供頻度までAIが決定することになるのかもしれない。

 しかし、このシステムは人を介しての優しさ、思いやり、要望といった顧客ニーズは満たせない。買い物客の6割が接客不要という時代だが、残りの4割のニーズはどうなるのだろう。たしかに、欲しいものの情報はスマホのなかに溢れているから、そこにアクセスすれば済むことなのだろう。

 しかし、よく考えてみると小売業は「目で見る楽しさ」「暮らしの便利」を創造する業種でもある。併せて大きな労働市場をもっている。それをすべてAIに任せると、小売の存在意義を失うことになる。たとえば食のハローデイやホームセンターのハンズマンは見学者の多い店ということでマスコミも注目した。

 そこには楽しさがあり、売場デザインという付加サービスがあった。クイーンズ伊勢丹などの高質スーパーも同じ世界だ。これらの店は非効率お構いなしという経営でなければつくれない。どちらかというと、AIが苦手とする分野だろう。『人の行く 裏に道あり 花の山』あえてそこに立ち入る経営者がいるとしたら、それはそれで新たな戦略が生まれるはずだ。そんなことを考えると、AIが席巻する近未来の小売売場と戦争跡の荒涼とした風景がダブって見えるような気がして何ともさみしい。

(つづく)

【神戸彲】

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