リモートワーク、オンライン会議、オンラインセミナー、Eコマース、フードデリバリー、ストリーミング…これらは、新型コロナウイルスの流行も手伝って、ここ10年で大きく広まり、生活者の外出の必要性を減らした。この潮流へ対処するために、現在、国土交通省が設けた「都市交通施策の再整理に関する検討会」では、まちづくり・都市交通方策の見直しの議論が行われている。今回は、今年7月に発表された中間とりまとめの内容をベースに、検討の背景やポイント、施策の方向について深掘りするとともに、関連する北部九州の都市の現況を交えながら、実効性のある方策に必要なものを考察する。
政策の再整理がなぜ今必要なのか
「マチがイエに負けている」──背景にある危機感は、検討資料にあるこのキーワードに集約されている。冒頭に挙げたデジタル化の進展によって移動の必要性が小さくなった結果、都市の目線からは、従来の「マチ」の「ユーザー」が競合相手の「イエ」をより便利に感じ、「イエ」が都市から「ユーザー」を奪う構図が見えてくる。
この傾向は、若年男性に強く表れている。国土交通省「全国都市交通特性調査」によれば、2010~21年の外出率の変化(ポイント)は、全世代平均で平日▲11.7、休日▲20.7に対し、20代男性に限ると平日▲18.8、休日▲23.0と、いずれも20代男性の減少幅が大きい。
生活者というユーザーの目線に立てば、「自分たちの生活の満足度さえ上がればいい」となり、都市の影響はまず気にされない。いわゆる「ユーザーの課題解決」に向けて事業を創出するスタートアップや、そこに出資するVCもほとんど同じマインドだろう。しかし、都市の目線からは、このユーザー行動の変化は、その将来に連鎖的に悪影響をおよぼすとみられ、看過できない状況だ。
都市に人が訪れなくなると、その社会経済を支える需要自体が減退する。この需要減退は、公共交通の減便やサービス低下をもたらす。ますますユーザーは都市に来なくなり、代替移動手段である自家用車を用いて、郊外部へ流出する。ここでCO₂排出が増加し、環境や気候に悪影響を与え、暑くなる夏が外出意欲を削いでいく。その過程で、交通弱者の移動機会が奪われる。都市経済の減退に合わせ、コミュニティが希薄化し、防犯・防災力にも悪影響をおよぼす。まちを歩かなくなることで、ユーザー自身の健康は低下する…。
(検討資料を基に筆者作成)
この悪循環が行きつくところは、「ゴーストタウン化」だ。都市の側は、目先の「生活の満足度」しかイメージしない多くの「ユーザー」を前に、これを食い止めなければならないという危機感に迫られているのだ。
検討会の狙いをまとめると、都市部への移動需要創出と、これを支える公共交通の仕組みづくりである。これが狙うユーザー行動の変容は、「イエに閉じこもる代わりに、公共交通を生かしてマチに出て、マチのエンタメを健康に楽しんでもらう」ことといえる。公共交通は、「マチでの楽しみ」を多くのユーザーが公平に体験できるための重要な手段、すなわちインターフェイスの位置づけになる。
立地適正化計画からの変化と進化
従来は「立地適正化計画」に基づいてコンパクトシティの方策が進められてきたが、公共交通沿線の人口減少や公共交通の利便性低下のために、理念・計画・事業がかみ合わなくなり、都市、交通、各モビリティの計画の方向性がそろわない課題も生まれた。検討会は、この課題を踏まえた、従来の立地適正化計画の再検討の役割を担う。
検討資料は、人中心で外出の動機となる「拠点エリア」、移動や都市構造の骨格となる「都市交通軸」を設定し、「気軽にアチコチお出かけしたくなる・できる街」の都市像を謳っている。そのうえで、『「イエ」に負けない人を集める街』としての拠点エリアの魅力向上、『拠点への「出かけやすさ」の向上』に向けた都市交通軸の強化、これらの実現のための「まちづくりと一体となった都市交通計画の充実」を提示している。
立地適正化計画との違いをまとめると、「ここ10年のユーザーの行動変化を踏まえ、都市への需要創出、さらにその背後のユーザーの行動変容に踏み込んでいる」ことといえる。立地適正化計画は、需要対応型の方向性のもと、施設や居住エリア、すなわちハコを「集約(配置)」し、これを交通(線)でつなぐという供給者目線やハード面の論理にとどまっていた。今回の方向性は、「出かけたくなる」「歩きたくなる」といったユーザーの行動心理・体験を重視し、ハコや線を生かして都市への移動を誘発し、需要創出を目指す方向に進化している。
これを支えるインターフェイスとしての都市交通には、運行頻度や利便性を高めて都市へ移動する潜在需要を掘り起こす、ドライバーとしての役割が求められている。都市交通が担うのは、歩行による健康増進やCO₂削減にもつながる「正のスパイラル」を創出する役割だ。これは、医療費の削減や健康寿命の増進、気候変動の緩和にもつながる。
福岡・佐賀のまちづくり
検討方向を踏まえた検証
これらの検討方向を踏まえると、現在の北部九州の都心部のまちづくりの現状はどうなっているか。福岡市、佐賀市のケースから検証した。
【福岡市:歩行者空間などの活用も残る課題】
福岡市では、大規模再開発と一体となった歩行者空間の拡大が進められている。大名ガーデンシティにおける広場整備、中心部の天神因幡町通りの歩行者専用空間としての拡幅・再整備がその例だ。
市役所前広場、博多駅前広場、大名ガーデンシティ、天神中央公園などでは、週末に数々のイベントが開催されている。MUSIC CITY TENJINや中洲JAZZなどの音楽と連携したイベントや、天神きらめき通りなどの歩行者天国化も実施されてきた。
一方、都市部への交通アクセスには、課題が残る。公共交通機関での都心へのアクセスを促すフリンジパーキングの認知度は低く、自家用車による渋滞も頻発する。都心へアクセスする鉄道の混雑も課題である。
一連の再開発に対し、「昔の福ビル、コア、ビブレが良かった」「新天町がなくなるのは寂しい」「今の画一的な天神に行きたくない」の声がSNSで目立つ事実もある。ここで浮き彫りになるのは、歩行者空間を生かした情緒的空間や地域文化の継承・演出の必要性だ。
【佐賀市:アリーナとの連携に見える成果】
佐賀市では、23年5月開業のSAGAサンライズパーク、その中核施設でBリーグ・佐賀バルーナーズの本拠地であるSAGAアリーナの活用、およびJR佐賀駅との間との回遊促進に向けた工夫が地域に好循環を生み出しつつある。
SAGAサンライズパークは、利用者が自家用車ではなく1.4km離れたJR佐賀駅から徒歩で来訪する前提で設計されている。「サンライズストリート」と呼ばれるこの間の通りは、佐賀市のまちなかウォーカブル推進事業のもと、歩行者利便増進道路「ほこみち」に指定され、楽しめる歩行空間としての整備が進められてきた。車線数は大部分が4から2に減らされたほか、沿道には休憩所となる広場、公園、フォトスポットや複合交流施設「SUNRISE BOX」が整備され、マルシェなどのイベントも随時開催されている。この歩行者動線を、佐賀駅南側までさらに誘導するための取り組みも進められている。
アクセス手段として、駅とパーク間はバスも利用できるほか、電動キックボードや自動運転バスの実証実験も行われたことがあった。
SAGAアリーナは、開業から3年で130万人を集めた。サンライズストリート周辺では、観光客需要を見込んだホテル建設や店舗の立地も進む。26年地価公示における佐賀市商業地の平均上昇率は10.9%と、都道府県庁所在地の商業地で3位となった。
佐賀市では、SAGAサンライズパークを軸とした歩行を楽しむまちづくりが好循環をつくりつつある。その背景として、施設整備のよりどころとなったSAGAスポーツピラミッド(SSP)構想の存在も忘れてはいけない。
実効性のある再整理に
「デザイン思考」を
こうした事例も踏まえれば、都市交通政策の再整理の核となる需要創出に向けては、外出しないユーザーの潜在的な「ペイン」に触れることが重要といえる。これは、リアルで会えない寂しさや交流機会・臨場感の不足で、コロナ禍のときにも明らかになったものだ。スポーツや音楽などのイベントは、他人と感情を共有できる日常にない貴重な機会で、「イエ」では得られないペインへのソリューションになる。関連して、歩行者空間に加え、移動中の公共交通も、自家用車では得られない貴重な交流空間となり得る。
一方、障壁となるのが昨今の猛暑で、夏季の人流を減らし、都市の賑わいに影を差している。クーリングスポットや給水スポットの整備、アーケードや緑化のネットワークを通じた日陰のネットワーク化により、季節を問わず快適に安らぎ歩き回れる空間をつくることも必要だ。
実効性のある都市交通政策の再整理に向けて、イベント・エンタメ・防災・環境(緑化/暑さ対策)が一体となった『外に出たくなる体験』を街全体で提供することが重要になる。そこに必要なのは、純粋にまちを使う「ユーザー」の目線に立ち、その潜在ニーズをとらえ、問題の本質を解決する「デザイン思考」だ。この思考には、都市計画・交通といった部局の壁など関係ない。さまざまなステークホルダーを包摂して磨かれるものだ。
このプロセスで、交通を単なる『移動の手段』から、『街の魅力を引き出すインターフェイス』へシフトさせることが「都市交通政策の再整理」のドライバーとなろう。
<プロフィール>
島倉孝之(しまくら・たかゆき)
富山県射水市出身。不動産系シンクタンクの研究員として都市計画、資産評価、国連ハビタット関連業務などに従事。海外開催の起業支援プログラム参加後は、気候対策とヘルスケアを複合させたビジネス構想を進めながらライターとして活動。2024年に大谷翔平選手のコラム記事を連載。脱炭素まちづくり公認ファシリテーター。

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