政治経済学者 植草一秀
金融市場の変動についてメディアが騒ぎ立てている。いま金融市場で観測されているのは次のこと。
1.日本の10年国債利回りが3%を記録した。
2.円安圧力が根強い。
3.株価が6月に絶頂を記録した感が徐々に強まっている。
このなかで9月中旬には日米で金融政策決定会合が開かれる。メディアが騒ぎ立てている議論の中心は日本の財政政策運営である。
しかし、メディアの主張を精査すると大きな矛盾が内包されていることが分かる。一般には「分かる」とされていないが、筋道立てて考えると「おかしい」のだ。
米国のベッセント財務長官は次の三つに対する関心を示していると見られる。
a.円安を是正したい=円高志向
b.米国長期金利上昇を避けたい
c.日本の財政規律が重要だ
円安を是正するためにベッセント財務長官は日銀の利上げを求めているように見える。日銀の利上げは円安是正に一定の効果を発揮すると考えられる。この点はおかしくない。
問題は日本の財政政策についての議論。いささか議論が混乱している。高市内閣が「積極財政」のスタンスを示している。このことは日本の金利上昇につながる政策対応だ。金利上昇は通常は通貨上昇要因。日本の金利上昇だから円高要因である。ところが、メディアはなぜかこの点を指摘しない。逆に、日本が積極財政を展開すると「円安になる」との主張を展開する。ここが第一の矛盾点。
もうひとつの矛盾は、日銀の金利引き上げ政策の見通しが日本の長期金利上昇を招いているという主張。日本の債券市場ではこの種の反応が示されることは多い。ただ、それはあくまでも短期の反応である。中長期では、実は逆の連動関係が生じるのである。
日銀が利上げを加速させるとどうなるか。日銀の利上げはインフレ抑止を意味する。金融市場が抱く将来のインフレに対する懸念が、日銀の強い政策スタンスによって払拭されるとどうなるか。将来のインフレに対する懸念は縮小する。そのとき、長期金利は逆に低下しやすくなる。ところが、日本のメディアは日銀が金利引き上げを行うことが長期金利上昇を招く点だけを強調する。その結果として住宅ローン金利の上昇が生じていると説明する。
ニュース報道に接する市民はどう感じるか。日銀の利上げは長期金利上昇=住宅ローン金利上昇を招き、ありがたくない。また、日本のメディアは日本政府が積極財政を行うと円安になるとの主張を流布する。円安になるとますます日本の長期金利が上昇しやすくなると説明する。この報道に接する市民は日本の積極財政は円安を招き、ますます金利上昇を招くから迷惑だと感じる。また、ベッセント財務長官の「日本の財政節度を求める」報道も日本の積極財政に対する嫌悪感をもたらす「仕掛け」になっている。
すべての報道は何につながるのか。目指されている終着点は「消費税減税の撤回」である。実は、この点は米国政府の意向にも適うのである。この「情報操作」を展開する者は、できれば日銀の利上げを嫌っている。しかし、これらの「情報操作」は大きな自己矛盾にゆきつく。利上げを遅らせればインフレ心理が台頭、財政を抑制的に運営すれば円安をもたらす。結果として日本の長期金利が上昇してしまう。全体を正しく理解することが必要不可欠。正しい理解とは以下のものだ。
長期金利の上昇を抑制するには日銀が明確にインフレ抑止の方針を示すことが必要不可欠。日銀の毅然とした対応がインフレ心理を鎮圧して長期金利低下をもたらす。2022年から23年にかけて米国で激しいインフレが生じた。この事態に果敢に立ち向かったのがパウエルFRB議長。ゼロ水準だった米国のFFレートを5.50%水準にまで引き上げた。長期金利は上昇し2022年10月に4.338%水準にまで上昇した。インフレ率は消費者物価指数で22年央に約9%にまで上昇した。しかし、長期金利は22年10月に一旦ピークを記録。FRBがインフレ抑止の方針を鮮明に示して利上げを断行したことによって長期金利が低下に転じたのである。
インフレ率が22年央にピークアウトしたことが大きかった。日本のインフレ心理が鎮静化しないのは日銀の利上げ姿勢が緩いからだ。インフレ率が2%で短期政策金利が1%。短期金利の水準が低いのだ。日銀は明確に利上げの方針を示す必要がある。インフレ心理が抑制されれば長期金利は逆に低下に転じるのである。
財政政策についてはどうか。財政政策発動が円安要因であるというのは歪んだ見解。財務省でさえ、2000年代初頭は財政出動が円高を招き、景気を抑制してしまうと主張していた。財政支出拡大は金利上昇を通じて円高要因になる。これが標準的な経済学の見解だ。
それなのに、現在は、財政政策発動は円安になるとの奇妙な見解が流布されている。財務省が阻止したいのは消費税減税。そのために奇妙な説を流布している。政治家や一部エコノミストまでが、この歪んだ説を主張している。金融機関に所属するエコノミストは社の方針で財務省の意向に逆らわないようにすべきとの「指導」が行われている。財務省にすり寄る骨細のエコノミストが財政政策発動は円安を招くとの「風説」流布に協力している。哀れな姿である。
とはいえ、高市首相が推進する財政支出拡大政策は醜悪。投資拡大も基本は産業補助金に過ぎない。投資拡大を提唱する経済産業省は利権あさりの行動を拡大している。クールジャパン機構で経産省はどれだけの損失を生んだのか。経産省職員が機構に寄生して国民の税金を食い尽くしただけだ。
財政政策を活用するなら「減税一択」である。減税でない財政支出拡大は利権バラマキに過ぎない。社会保障支出拡大なら正しい。ところが、高市内閣は社会保障支出を切って利権補助金バラマキを拡大している。
他方、米国のベッセント財務長官が日本の財政規律に言及しているのには背景がある。米国は日本の法人税増税を警戒している。日本の法人税減税は米国が指令したもの。対日投資を拡大している米国は日本で法人税を払いたくない。法人税減税を実現させるために日本の消費税増税を後押しした。米国も高市内閣の消費税減税を警戒しているのだ。
これを財務省が見落とすわけがない。米国も日本の財政規律重視だと主張して消費税減税撤回の環境整備にいまなお努めている。他方、日銀がインフレを抑止することを財務省は望んでいない。インフレはステルス増税の原動力、インフレは政府債務帳消しの魔法の杖だからだ。財務省が暗躍して日本の経済政策が破壊されている。正しい政策は、日銀の利上げ、利権補助金バラマキの排除、そして消費税減税である。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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