現代日本の政治的病(4)自民党小史

福岡大学名誉教授 大嶋仁氏

 適菜収氏とジェイソン・モーガン氏が指摘しているように、高市早苗は戦後日本の「恥の積み重ね」が生み出した「病」であるにちがいない。その病は、自民党にほとんど全期間にわたって国家運営を任せてきた国民の責任であることは、すでに述べたことである。そうなると、その自民党の歴史を振り返ってみることが重要となる。国民である私たちにとって、戦後日本、ことに自民党の歴史を振り返ることは、いくらかでも「物ごとを考える」きっかけとなるにちがいない。

 自民党が政党として発足したのは1955年だという。サンフランシスコ講和条約の締結は51年であるから、55年までの4年間は混沌としたものだったにちがいない。

 その混沌は、アメリカとの関係をどうするかという点で方針が定まらなかったことによる。占領軍の指導下でつくられた戦後日本は、吉田茂の定めた方針に従って米軍の駐留を許すものとなっていたが、それでは「独立国」になれないと危惧した鳩山一郎は、アメリカから自由となって、周辺諸国との外交を独自に行うべきだと主張していたのである。

 この鳩山と吉田のずれは、そのまま発足当初の自民党に引き継がれた。そしてそれは、憲法改正と日本の再軍備の問題におよんだのである。吉田は日本の防衛は「アメリカに任せる」という方針であった。鳩山は「日本は自国の軍隊をもつべき」で、そのためには「憲法を改正すべきだ」という主張だったのである。

 しかし、この対立は折から朝鮮戦争の激化によって「外からの力」で崩された。日本経済は「軍需景気」を迎え、思いのほかに空気が好転した一方で、米国からの圧力がかかり「再軍備」の道が開かれたのである。つまり、ここで日本の戦後は大きく変わった。公職を追放されていた「戦争犯罪者」の一部が復帰し、このときから戦後日本はアメリカの「属国」に近い存在となったといえる。

 朝鮮戦争といえば、米ソ戦争の朝鮮半島における「代理戦争」という見方がある。戦っている半島の人々にとっては「肉親どうし」の殺し合いという酷い経験であったにもかかわらず、世界史的には共産主義と自由主義の戦いというイデオロギー戦争だったのである。この戦争の性格は、中国共産党軍が参戦したことでますます鮮明なものとなった。いったんは終わっている戦争ではあるのだが、いまだに「停戦中」となっている。いつこれが再発するか、わからない状態だ。

 この異常な事態は、朝鮮半島の旧宗主国である日本にも責任がある。ところが、その日本はアメリカに敗北し、マッカーサーの指導下にあって責任能力がなかった。そういうわけで、日本は韓国に対してはまだしも、北朝鮮に対しては何ら戦争賠償や戦後補償をしていない。

 韓国とは朴政権の時代に国交が回復し、それを機に賠償や補償を行う機会があった。日韓関係は、いくらか改善された。しかし、北朝鮮とは国交が樹立されていないだけに、いかなる関係もない。北朝鮮が「友好国」になることなど、あり得ない話なのである。

 日本ではしばしば北朝鮮による「日本人の拉致」が問題になる。しかし、これに対して日本政府が強く発言できないのは、植民地時代の歴史が「清算」されていないからだ。日本のメディアは拉致問題ばかりを取り上げ、北朝鮮を「危険な敵国」としてしか描こうとしないが、北朝鮮がミサイルを乱発するのは、単なる独裁者のいたずらではないはずだ。そこには何らかのメッセージがあるはずで、それを読みとらねばならない。

 自民党史に話を戻すと、その発足の当初から先に述べた吉田派と鳩山派の対立があった。しかも党外には、ソ連や中国と協調し、アメリカの政治介入を阻止しようとする社会党や共産党があって、彼らが自民党の主流である「親米路線」と対立する構図ができていた。

 自民党内の対立のほかに、与党と野党の対立があったということは、民主主義の観点からすれば、「望ましい政党政治」の表れであった。しかし、60年社会党の浅沼書記長が「アメリカよりも中国に接近すべき」と唱えたために暗殺され、その夢も消えた。以降の日本政治の主導権は、ほとんど常に自民党が握ることになった。60年は日本史の大きな変わり目である。

 その年、岸信介が首相となって、アメリカとの安保条約を改定して、「再軍備」の夢が浮上した。「戦争放棄」を明記した憲法第9条の改正が、以来自民党の目標となっていく。この岸の孫である安倍晋三の長期政権(2012-20年)によって、この方向はますます顕著となった。そして、その安倍の薫陶を受けたのが現首相の高市早苗なのである。彼女が「再軍備」と「憲法改正」を目指していることは、いくら彼女に「思想がない」といっても認めざるを得ない。岸・安倍・高市は政治方針的には一本の直線で結べるのだ。

 高市個人が「詐欺師」であろうとなかろうと、自民党の変わらぬ路線を彼女は突き進んでいる。そうである以上、国民である私たちは、高市ばかりを攻撃しても始まらないのだ。では、私たちは何をなすべきか?

 日本は憲法を改正し、独立した主権を保障する国軍をもつべきか?それとも、憲法をいじらず、国軍をもたず、今までどおり米軍に頼り続けるか?私たちはこの2つのうち1つを選択せねばならないように思われる。だが、この二者択一の前に、もう1つ問われるべきことがある。それは「再軍備か否か」ではなく、「アメリカとの同盟関係にいつまでも縛られ続けていてよいのか」という問題である。

 今のままでは、日本はアメリカの「保護国」に等しい。しかも、アメリカが日本を軍事的に守る保証は、どこにもないのだ。それなのに、「同盟国が攻められたら日本も軍を派遣する」などという約束事をしてよいものか。自民党は2015年のこの安保法制という約束事を「安倍政権の手柄」としているが、そこが問題なのである。

 現在の日中関係は冷え込んでいると言われ、その原因は台湾有事に関する高市発言によるものとされている。しかし、本当にそうなのか。安倍政権のときに成立した安保法制のほうが、中国にとっては厄介ではないのか。日本が政治的にアメリカに依存していること、独立主権国家ではないこと、このことが東アジア全体を不健全なものにしているように思えてならない。自民党の政治は、その不健全さの集約なのである。

(つづく)

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