2024年11月24日( 日 )

日本が陥った死に至る病、処方箋は公共投資でデフレ脱却(前)

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京都大学 大学院工学研究科・都市社会工学専攻 教授 藤井 聡 氏

 政府が緊縮財政を止めて、インフラ整備などの公共事業で日本列島を強靭化し、デフレ脱却しなければ死に至る。京都大学の藤井聡教授はいつ何時、誰に対しても一貫してそう主張している。4年前に藤井教授を取材したときから建設市場はどう様変わりしたか、公共投資が業界だけでなく日本経済にどのようなインパクトを与えるのか、改めて話を聞いた。

(聞き手、文・構成:永上 隼人、大根田 康介)

デフレ脱却にはケインズ政策が唯一の道

 ――まず、建設業界の現状について、藤井さんの目にはどのように映っていますか。

 藤井 1990年代後半まで建設業界は活況を呈していましたが、そこから右肩下がりになりました。そのボトムが「コンクリートから人へ」を標榜した民主党政権の時代です。公共投資が削られ、デフレも同時進行し、官需、民需ともに大きく落ち込んでダブルパンチのダメージを受けました。
 税収がなかなか伸びないなか社会保障費がふくらみ、政府は公共投資を削った分を社会保障費に献上しました。その結果、建設投資額はピーク時の94年の84兆円から、2014年度は48兆円まで落ち込みました。

藤井 聡 教授<

藤井 聡 教授

 一方で、12年12月から第2次安倍内閣になると、業界が明るくなる兆しも見えていました。官需拡大の機運が高まり、10兆円の補正予算が組まれ、5兆円規模の公共投資拡大を柱としながらアベノミクスによるデフレ脱却が掲げられました。これは一定度の成果が得られ、民需拡大の機運も出てきました。
 その上昇気分で建設業界は2年前くらいまで過ごしてきたわけですが、最近はまた様子がおかしくなりました。まず、14年4月に消費税を8%に増税し、アベノミクスで拡大してきた消費や投資が縮小し、民需は元の木阿弥になりました。官需では、補正予算が12年度10兆円でしたが、13年度5兆円、14年度3兆円、15年度3兆円で、結局は民主党政権下と全国トータルで4,000億円程度しか変わらない状況です。
 つまり、現在の安倍内閣はオリンピック需要と震災復興需要というものがありながら、予算では民主党政権下と同じ水準なのです。増税した3%分が目減りしていると考えれば、官需も民需も冬の時代で建設市場はさらにへこんでいると考えられます。
 これは「コンクリートから人へ」を脱却する雰囲気が見事に裏切られたかたちです。株価だけは異次元緩和で高い水準ですが、建設現場の人は「仕事がない」と感じている状況に陥っているでしょう。
 当然、「このままではいけない」という議論が起こります。ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ教授やポール・クルーグマン教授が、今年3月に官邸で安倍首相と会談したとき、どちらも「ケインズ政策だけがデフレを脱却させることができる唯一の道」と指摘しています。デフレさえ脱却できれば20年前の活力ある日本に戻れるはずです。今の日本はどん底の状況にあり、そこからどう這い上がるかが現状です。

交通もエネルギーもネットワーク化されず

 ――15年7月に『超インフラ論 地方が甦る「四大交流圏」構想』(PHP)という著書を出されていますが、なぜあのタイミングだったのでしょうか。

 藤井 直接的には元大阪市長の橋下徹氏との論争があったからです。彼の「大阪都構想」の対案として「大大阪構想」を提唱し、インフラ整備を中心にして西日本を盛り上げようという主張でした。私にとっては一貫して主張してきた日本列島強靭化論のごく一部を大阪用にパッケージ化したにすぎません。一方で私個人はインフラ関連の書籍を、10年10月の『公共事業が日本を救う』(文芸春秋)以降、おおよそ5年間書いていませんでしたから、新しいインフラプランを新しいタイミングで改めて世に問うにはちょうど良い時期だとも考えました。

 ――「藤井さんの言説は昭和の発想だ」と批判する評論家も多いですよね。

 藤井 ある意味でステレオタイプな批判ですね。公共工事は最小のコストで最大の公益増進の効果が得られる投資なのですが、批判していれば一定の支持が得られるという発想なのでしょう。そうした言説の構造について思想的心理学的に分析した『〈凡庸〉という悪魔』(晶文社)という著書も15年4月に出しています。

 ――著書では海外の話も触れられていますが、改めて日本と比較してどうでしょうか。

 藤井 日本は先進国だというイメージで語られますが、それはあくまでフロー、つまりGDPの水準が他の先進国並みだっただけです。インフラなどストックの点では後進国であり続けていることを国民みんなが理解していません。
 たとえば、日本の名目GDPは、ピークだった98年頃は世界の18%を占めていました。これはアメリカの7割、ヨーロッパ全体の5割ほどを日本一国で叩き出していたことになり、明らかに世界最高水準の先進国でした。ただ、これはあくまでフローの話。「毎日どれだけお金を稼げるか」というだけで、ストックについてはずっと脆弱でした。たとえば、高速道路は1万台当たりの延長距離は先進国のなかでは最下位。もっとも高いのはカナダで数倍の差があります。新幹線は、日本国内は20万都市で未開通の都市がおよそ20カ所もありますが、フランスは2カ所、ドイツは1カ所しかなく、日本の新幹線がネットワーク化されていないことがわかります。ヨーロッパは高度な路面電車である「LRT」もあり、コンパクトシティとしてもネットワーク化されています。
 パイプラインは通常、公共的な投資ですが、日本では民間が主体でネットワーク化されていません。ヨーロッパでは国を挙げて徹底的にネットワーク化されており、これが国力の源泉になっています。このように、交通からエネルギーに至るまで日本は圧倒的に不足しています。

(つづく)
【大根田 康介】

<プロフィール>
fujii_pr藤井 聡(ふじい・さとし)
1968年奈良県生まれ。京都大学工学部卒、同大学院工学研究科修士課程修了後、同大学助手、スウェーデン・イエテボリ大学心理学科客員研究員、東京工業大学助教授、教授を経て、2009年より京都大学教授。現在は同大学院工学研究科教授。安倍内閣の内閣官房参与も務める。03年土木学会論文賞、05年日本行動計量学会林知己夫賞、06年「表現者」奨励賞、07年文部科学大臣表彰・若手科学者賞、09年日本社会心理学会奨励論文賞、同年度日本学術振興会賞等を受賞。

 
(中)

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