日本最大のミュージカル集団に育てた創業者 劇団四季に賭けた浅利慶太氏の人生(2)
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ジャーナリスト 元木 昌彦 氏
演劇の世界は不平等なものだ
次第に四季の実力が認められるようになると浅利さんは、1958年に、石原慎太郎さん、江藤淳さん、谷川俊太郎さんら若手文化人らと「若い日本の会」を結成して注目を浴びる。1961年には日生劇場の取締役に就任する。浅利演出が世の中に広く認められるのは、1966年から始まった歌手・越路吹雪さんのリサイタル公演だった。
越路さんは宝塚の男役のトップスターだった。宝塚退団後は、東宝専属の女優として活躍し、歌手としても、フランスのエディット・ピアフのようだと評され“シャンソンの女王”といわれた。代表曲に『愛の讃歌』『ラストダンスは私に』などがある。日生劇場で始まったリサイタルは、浅利さんの演出によって大きな話題を呼び、チケットが取れない公演として、越路さんの名声を不動のものにした。劇団四季も順調で、渋谷区参宮橋にある稽古場では、浅利さんによる厳しい稽古が連日続いていた。
そのころ、一番心に残っている、浅利さんが研修生たちを前にしていったひと言がある。「演劇の世界は不平等なものだ」。役者だったら主役になりたい、そう思うはずだ。役が発表されて、主役が自分より下手だと思うやつに回れば面白くない。「何であいつが」と思うだろう。だが、自分が思っている評価と他人が見た評価は違う。そんなことにいつまでもこだわっているようでは、何をやらせてもダメだということだろう。
スケールの大きさに魅了される
参宮橋に遊びに行って、稽古が終わると、浅利さんに誘われて彼のマンション近くのバーで呑むのは至福の時間だった。浅利さんは政治好きでもあった。佐藤栄作総理が辞めるときの演出をしたのは彼だった。中曽根康弘総理とは刎頚之友だった。
私が浅利さんを知るきっかけになったのも政治絡みだった。田中角栄総理の金脈問題で自民党内の保守派と若手たちが対立し、河野洋平さんや田川誠一さん、山口敏夫さんらが自民党を飛び出し、新自由クラブをつくったのは1976年だった。河野さんはカリスマ性があり、カネまみれの自民党を厳しく批判する若き政治家に、有権者は期待を寄せ、結党直後の総選挙では17議席を取り、新自由クラブブームが起きた。
その当時、自民党所属のある都議会議員がいた。彼は、新自由クラブから出馬するよう、河野さんたちから熱心に誘われていた。その都議会議員のスキャンダルを、当時、『週刊現代』にいた私がつかんだのである。取材を始めると、突然、浅利さんが私を訪ねてきて、「河野に会ってくれないか」というのだ。詳しい経緯は省くが、以来、浅利さん、河野さんと親しく付き合うようになった。河野さんも魅力的な人だったが、浅利さんというスケールの大きい人間に魅了された。
教養はある、話はうまい、包容力がある。これほどすべてを備えた人を、ほかに知らない。私はうぬぼれの強い人間である。作家でも評論家でも、政治家はもちろん、こいつには適わないと思ったことはなかった。しかし、浅利さんには適わない、そう心底思った。浅利さんも、私のことを信用してくれたようだった。
順風だったが突然暗転
その当時、こんなことがあった。ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏が、少年たちに性的虐待をしているのではないかという疑惑を、一般週刊誌で初めて『週刊現代』にいた私が書いたのである。記事が出た後、ジャニーズ事務所は『週刊現代』を発行している講談社に対して、「今後は一切、うちのタレントは出さない」と宣告してきた。
講談社には、ジャニーズ所属のアイドルを使いたい少年少女向けの雑誌が多かったという社内事情もあったのだろうが、私を突然、婦人雑誌へ異動させたのである。こんな会社辞めてやる! 30代半ばで血の気が多かった私は、結婚したばかりだということも忘れて、そう腹を決めた。すぐに浅利さんに会って、あなたの秘書にしてくれと頼み込んだ。私の話を聞いた浅利さんは、「わかった」といってくれ、こう続けた。「だが、君は『婦人倶楽部』がどういうところか知らないだろう。半年我慢してみたまえ。それでも嫌だというのなら、僕が面倒を見る」。
この言葉がなければ、私は講談社を辞めていただろう。だが、当時は浅利さんも大変な時期だったのである。順風に見えた劇団四季が、突然暗転するのだ。ドル箱だった越路吹雪さんが、絶頂期の1980年11月に、56歳の若さで突然亡くなってしまうのだ。
(つづく)
<プロフィール>
元木 昌彦(もとき・まさひこ)
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)などがある。関連キーワード
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