2024年11月21日( 木 )

人為的創作物「維新」の衰退~「大阪市廃止案」住民投票否決(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

政治経済学者 植草 一秀 氏

「大阪市廃止案」住民投票否決

 大阪市を廃止して4つの特別区に再編することの是非を問う住民投票が11月1日に実施された。住民投票は「大阪都構想の是非を問う」ものと喧伝されたが、事実は違う。住民投票が賛成多数となっても大阪都が出現するわけではない。住民投票にかけられた構想の正式名称は「特別区設置協定書」で、住民投票に付せられたのは「大阪市を廃止し、4つの特別区を設置する」ことの是非である。

 大阪府の名称を「大阪都」にするには、地方自治法や大都市地域特別区設置法の改定や特別法の制定を必要とする。「大阪都構想」と表現しながら、大阪都を創設する住民投票ではなかった。

 この「大阪市廃止・4つの特別区設置」の是非を問う住民投票は2015年の前回投票に続いて反対多数で否決された。投票結果は以下の通り。

【投票結果】
<反対>
69万2,996票
<賛成>
67万5,839票

 今回の住民投票の投票率は62.35%で、2015年に実施された前回住民投票の66.83%を下回った。

 大阪市廃止について、推進派の大阪維新の会は大阪府と大阪市の二重行政をなくして、行政を効率化させると訴えたが、この訴えは正しくないと指摘された。大阪市という単一の地方自治体を廃止して4つの新しい地方自治体を創設すると、そのために巨大な費用が発生する。

 3万6,500人の巨大組織である大阪市役所の機能は大阪府と新たに設置される特別区に引き継がれることになる。その事業継承には数年を要し、膨大な行政コストが発生する。

  これまで大阪市という単一の地方公共団体が担ってきた行政事務が強引に4分割されることになるが、「分割できない行政事務」が発生して、それを遂行するために各区が新たに資金を出して「一部事務組合」という組織を設置することも必要になる。

 「大阪市」が単一の地方公共団体として担ってきた行政事務が、大阪府、一部事務組合、特別区の「三重行政」になってしまう。「二重行政の解消」どころか、事態が悪化する可能性が高かった。

 当初、橋下徹元大阪府知事や松井一郎現大阪市長は年間で4,000億円の財源を節約できると豪語したが、二重行政解消による経済効果は、13年の大阪府市による制度設計案では979億円に減少し、さらに14年の試算では155億円にまで減少した。

 これらの計数には二重行政解消と無関係の項目が含まれており、厳密に試算すると経済効果は1億円にも達しないことが大阪市役所の推計値として議会で報告された。さらに府議会では、特別区設置のための初期投資費用を勘案すると、年平均13億円の赤字になると指摘された。

 つまり、「二重行政の解消によって行政の効率を上げる」という「大阪市廃止構想」の中心的な根拠は虚偽だった。

大阪市民の叡智

 それにもかかわらず、「大阪維新の会」が大阪市廃止案を強行に主張してきた理由は何か。3つの仮説を提示できる。第一は、「大阪都構想」と銘打った施策を実現したと世間にアピールすること。第二は、大阪市から権限と財源をむしり取り、「維新」が推進する施策にその財源を充当すること、第三は、公明党との連携で大阪都構想を推進し、この流れを国政に持ち込み、国政でのプレゼンスを引き上げること、だ。

 橋下府知事(当時)は11年に、大阪都構想の目的について「大阪市がもっている権限、力、お金をむしりとる」ことと述べている。大阪市の自治権限、自主財源をむしり取り、大阪府に権力を集中させて「維新」が推進する特定の施策に集中的に財源を投下することが目論まれてきたのだと考えられる。「特定の施策」とは万博とカジノである。

 大阪市を廃止して4つの特別区を設置する制度改変により、これまでの大阪市は行政権限と自主財源を大阪府に奪われることになる。この構想の是非を大阪市民に問うというプロセス自身に大きな矛盾があった。

 「維新」勢力は15年に住民投票を実施して否決されている。否決を受けて当時大阪市長だった橋下氏は政治家を辞めた。その住民投票を再度実施して、再度否決された。住民投票実施に巨大な税財源が投下されている。このことの責任も問われる必要がある。

 大阪市を廃止して、大阪市から行政権限と自主財源をむしり取る。この提案を否決した大阪市民の冷静で賢明な判断力が高く評価されるべきだ。マスメディアは総じて大阪市廃止の主張を支援する報道を展開した。大阪市民はこの情報操作をも跳ね返したといえる。

(つづく)


<プロフィール>
植草 一秀
(うえくさ かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)=TRI代表取締役。
金融市場の最前線でエコノミストとして活躍後、金融論・経済政策論および政治経済学の研究に移行。現在は会員制のTRIレポート『金利・為替・株価特報』を発行し、内外政治経済金融市場分析を提示。予測精度の高さで高い評価を得ている。また、政治ブログおよびメルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。

(中)

関連キーワード

関連記事