『脊振の自然に魅せられて』山に春の兆し(後)
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登山ショップの OB店員Sと偶然に出会う
しばらく歩いていると、「池田さーん」と後方から1人の男性の声がしたので振り向くと、登山ショップの OB店員Sであった。長年、登山ショップに勤務しており、定年後もパート店員として勤務を続けていたが、体調不良で退職していた。
3年ぶりの対面であった。Sは「白髪頭で写真を撮っているのは、池田さんしかいない」と言い、偶然に出会ったが「やあ、元気だったか」と抱きしめたいほどであった。
Sはしばらく自宅療養をしていて、健康のために歩きにきたという。
談話をしながら矢筈峠へと2人で足を進めると、渓谷の対岸にある黄色い花を付けた1本の灌木が目に飛び込んできた。春をいち早く知らせる「マンサク」の花である。「今年はもう咲いたのか」と、2人とも思わず感動の声を挙げた。ずいぶん前に、Sに出会ったこともある思い出の場所であった。
マンサクとの思わぬ早い対面に感動した2人は、さらに矢筈峠に近い渓谷の上部を目指し、せっかくだからマンサク谷まで行こうとSに促した。
ヤブデマリは灌木であるが、4月になると細い枝に白くてかわいい花を咲かせる。春には小さな枝にたくさんの花を付け、「見てほしい」とばかりに登山者を迎えるのである。
黄色い花を咲かせたマンサク
しばらく山道を歩くと、休憩ポイントでもある標高700mのマンサク谷に着いた。この谷にはマンサクがたくさん自生しているため、レスキューポイントを設置するときに「マンサク谷」と筆者が命名した。
設置したばかりの黄色いレスキュー表示板が見えた。谷の奥に目を向けると黄色い花を付けたマンサクが静かに咲いていた。カメラをもって、マンサクを近くで見ようと藪へ入る。笹の枝を手で折りながら谷の奥へ進んで見上げると、マンサクの黄色い小さな花が青空に映えていた。
筆者が「まだ奥にあるよ」とSに声をかけさらに奥に進むと、U字谷対岸に1本のマンサクが黄色い花をたくさん付けて輝いていた。Sは帽子代わりにタオルを頭に巻き付けて腰を屈め、マンサクをしばらく眺めていた。自宅から2時間という近距離でありながら、このような素晴らしい自然と対面できることが脊振の魅力でもある。
マンサクの観賞も終えて元の場所に戻り、喉を潤した。Sは沢に顔を近づけて水を飲んでいた。しばらく休んだ後、人も少ない荒れた林道を歩いて2人で登山口へと向かった。雑談しながら40分ほど歩くと、登山口に着いた。
Sは椎原バス停側に車を止め、登山口まで50分歩いてきたという。筆者は「送ろうか」と声を掛けてSに同乗を勧めたが、Sは「しばらく歩いていないから」と言い、バス停までの林道を下って行った。
筆者は登山靴をスニーカーに履き替えて、沢の水で登山靴の汚れを洗い、Sが歩いて行った林道へ車を進めた。杉林のなかの林道は薄暗く、しばらく進むとSの歩く姿がみえてきた。クラクションを鳴らし、Sに別れを告げた。気のいい Sに会えてうれしかった。山友と会うと穏やかな気持ちになる。
(了)
2021年3月16日
脊振の自然を愛する会
代表 池田 友行関連キーワード
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