2024年11月23日( 土 )

所有のコスト背負わず所有する無敵の「方程式」~星野リゾート(5)

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ライター 黒川 晶

キャナルシティ博多 山口県長門市は、周知の通り、安倍前首相の本籍地である。安倍首相が2016年12月、まさにこの長門湯本温泉の老舗旅館「大谷山荘」に、首脳会談のために来日したプーチン大統領を招いたことはいまだ記憶に新しい。北方領土返還どころか巨額の協力金を約束させられただけに終わった日露首脳会談であったが、少なくとも星野リゾートにとっては自社のPRになったはずである。政府が結果的に広告塔の役目をはたしたといえば、17年11月の、トランプ米大統領の娘のイバンカ・トランプ氏の初来日の時もそうだろう。安倍首相はイバンカ氏を夕食会に招いたが、その会場として指定したのは、前年に東京・大手町に新規開業したばかりの「星のや東京」であった。

 長門湯本温泉の老舗旅館跡地に加え、星野リゾートは最近も公共の財産を提供されることが決まっている。20年6月に新築移転が完了した、旧横浜市庁舎である。報道によれば、横浜市は老朽化を理由に13年から市庁舎の移転および跡地の再開発を計画。19年9月、その事業者として三井不動産を代表とする企業グループが選ばれ、78年間の定期借地権設定契約を結んだ。この企業グループに星野リゾートも入っており、旧市庁舎、すなわち、建築家・村野藤吾が設計した「近代建築の傑作」との評価も高いこの建物を、ホテルとして「再生」・運営することになったのである。

 至近距離にJR関内駅も横浜スタジアムもある広大な一等地にあり、また、07〜09年に総工費50億円をかけた大規模な耐震補強工事を施され、以後も空調や消防設備等の改修に6億6,000万円以上が費やされた建物でありながら、事業者企業グループへの売却価格はなんと7,667万5,000円! 

 評価額を示した不動産鑑定業社2社が横浜市との「随意契約」だったことや、林文子横浜市長と星野佳路氏夫人・星野朝子氏とのつながり(2人はともにカルロス・ゴーンCEO時代の日産自動車幹部である)もあって、各方面からさまざまな憶測を呼び起こしているが、いずれにしても星野リゾートは、文化財としての価値も高い物件をこうして「この地域の高級分譲マンション一部屋と大差ない」(『デイリー新潮』)低価格で手に入れることができる上、横浜市のIR誘致による大きな集客も期待できる。

 何より、このたびのコロナ禍における政府の観光支援策「GoToトラベル」である。感染拡大を助長すると猛反対が巻き起こるなか、観光業の「裾野の広さ」を理由に強行したこのキャンペーン。宿泊業に限っていえば、結果的に星野リゾートにこそ有利に作用するような制度設計になっている。

キャンペーンに参加する旅行会社や宿泊業者の予約サイトを通じて予約された国内旅行を対象に、旅行代金の最大5割を国が補助するというわけだが、半額も割引になるとあらば、旅行者はいつもならば躊躇する高価格帯の宿を選ぶだろう。しかるに、星野リゾートは繰り返す通りその主力ブランドの宿泊料金を高額に設定しており、旅行代理店と連携した積極的なPR活動も奏功して、「憧れの星野リゾート」のイメージをつくり上げることに成功している。つまり、同キャンペーンによって星野リゾートは、同業者から客を奪えるのである(実際、廃業に追い込まれた業者も多いなか、同社は20年7月以降、前年同等以上の実績を上げたと報じられている)。

 コロナ第3波の襲来により、「GoToトラベル」は20年12月28日、一時停止を余儀なくされたが、政府がその再開を急いできたことは周知の通りである。しかし、感染力の高い変異株の流行によりそれが叶わぬことが確実となった今、政府は今度は県境をまたがない「県内旅行」に対して国が1人あたり最大7,000円を支援するという、「GoToトラベル」の代替事業を立ち上げた。そして、近年シティホテルへの参入を加速させてきた星野リゾートは、コロナ禍にあって「マイクロツーリズム」(近距離旅行)を提唱している…。

 星野リゾートはこのように、さまざまなプレーヤーと道具立てを取り込みながら、「『所有』のコストを背負わず『所有』する」ことを1つ1つ実現し、今や日本の宿泊業界の覇者へと成長を遂げている。そこに星野佳路氏の敏腕を見るか、幸運を見るか、はたまた官民癒着を見るか、解釈は人それぞれであろう。ただ、確かなことは、日本社会を襲ったいくつもの「危機」が、星野リゾートの歩みに常に「下克上」(星野氏、エン転職サイトのインタビューにて)の機会と正当性を与え続けてきたということである。

 ピンチをチャンスに変える能力か、それとも、ナオミ・クラインの評するところの、米国の「ショック・ドクトリン」(惨事に便乗して過激な市場原理主義改革を実施し、支配を拡大していく政策)の「教科書通り」の実行者か。コロナ禍を機に星野リゾートに博多のランドマーク的存在「キャナルシティ博多」の運営を任せることになった今、福岡市民は今後、その本質をじっくり見極めていこうではないか。

(了)

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