メディアが岸田内閣攻撃の理由
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NetIB-Newsでは、政治経済学者の植草一秀氏のブログ記事から一部を抜粋して紹介する。今回は政権与党内部の路線抗争を注視すべきだと訴えた12月18日付の記事を紹介する。
岸田文雄内閣が発足して2カ月が経過。
臨時国会では初めての国会論戦も行われている。
18歳以下の年少者に対する給付金の方式をめぐっての混迷が示されており、野党が追及するが、岸田内閣の支持率は堅調に推移している。
安倍・菅政治が9年近くも続き、その退陣を受けての岸田内閣の発足で岸田首相は強いフォローの風を受けている。
国会答弁では安倍・菅内閣と異なり、質問に対して真摯な姿勢で答弁する姿勢が目立つ。
オミクロン株確認後の対応も満点ではないが、安倍・菅内閣と比較すれば、極めて迅速な対応を示している。
極めて感染力の強い変異株が確認されたのであるから、まずは徹底的な水際対策を講じることが必要。
当初は水際対策強化の対象が一部の国に限られたが、その後、全世界に拡大された。
ただし、日本人と外国人を区分する正当な理由は存在しない。
それでも菅内閣の水際対策が著しく遅れて変異株の国内流入を放置してしまったことと比べれば、失敗の教訓を十分に踏まえた対応といえる。
10月31日の衆院総選挙に際して立憲民主党の枝野幸男氏が「首相を選択する選挙」だと主張したが、多数の国民は枝野首相より岸田首相が良いと判断したと考えられる。
岸田氏は自公政権を引き継いでいるから限界は強い。
自公政治を廃して日本政治を刷新することが求められている。
とはいえ、政権交代が直ちに実現する状況にはない。
この現実のなかで考えると、安倍・菅政治から転換したことには一定の意味がある。
首相に求められる第一の資質は適切な人間性。
この点で岸田氏は安倍氏、菅氏よりもはるかに高い評価を与えられていると感じられる。
また、自民党内の政治潮流で捉えても安倍、菅政治からの転換には意味がある。
2000年に森喜朗氏が首相に就任して以来、自民党政治の中核に清和政策研究会が位置してきた。
岸信介氏の流れを汲む旧福田派が実権を握り続けてきた。
2000年以降は、清和政策研究会こそ、米国が日本に強要する「新自由主義経済政策=民営化利権政治」を推進する牙城である。
菅義偉氏はこの路線をそのまま継承した。
日本を支配する米国の支配者は菅義偉氏の後継首相に河野太郎氏が就任することを希望したと思われる。
河野氏は麻生派所属議員であるが、新自由主義経済政策を推進する可能性がもっとも高かった。
自民党内には新自由主義経済政策を推進する清和政策研究会と異なるもうひとつの流れが存在する。
旧田中派、旧大平派が主導する福祉国家を追求する路線。
平成研、宏池会がこの系譜の中核的存在。
岸田氏は宏池会会長として菅氏の後継首相に就任した。
安倍晋三氏は自民党総裁の無投票三選実現に際して岸田文雄氏の協力を得たが首相ポストを岸田文雄氏に禅譲しなかった。
本年9月の総裁選でも岸田氏ではなく高市早苗氏の総裁就任に全力を注いだ。
現安倍派は党内最大派閥だが、岸田首相は政権発足に際して安倍晋三氏の要求を退けた。
安倍氏は萩生田光一氏の官房長官、高市早苗氏の幹事長就任を求めたと見られる。
しかし、岸田氏は萩生田氏を経産相に、高市氏を政調会長に据えた。
同時に、官房長官には松野博一氏、幹事長には茂木敏充氏を起用。
甘利明氏を当初幹事長に起用したが、衆院選選挙区で落選して甘利氏は幹事長を辞任した。
岸田氏は甘利氏辞任シナリオを想定していた可能性がある。
岸田氏は総務会長に当選3回(就任当時)の福田達夫氏を抜擢。
松野博一氏と福田達夫氏は安倍派所属議員だが安倍氏とは距離がある。
安倍派のなかには福田赳夫氏の流れを汲む議員と安倍晋太郎氏の流れを汲む議員が混在している。
岸田氏は安倍氏系でなく福田氏系の議員を重用したといえる。
外務大臣には宏池会の林芳正氏を起用した。
今後、衆院議員定数是正で山口県の選挙区が4から3に減じられる可能性があり、林氏は安倍氏と争うことになる可能性がある。
こうした諸点をつぶさに観察すると、岸田文雄氏が腹を括っていることが分かる。
このことは、今後、自民党およびその周辺から岸田氏に対する揺さぶりが強められる可能性が高いことを意味する。
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