2024年12月22日( 日 )

実践的な脱炭素論~日本の再エネ普及の現状と展望(後)

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環境エネルギー政策研究所
所長 飯田 哲也 氏

 2020年8月9日、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と従来から踏み込んだ第6次報告書を公表した。実際に、豪雨災害や異常高温、広大な山火事など異常気象が毎年のように繰り返され、気候変動に対する関心がかつてなく高まってきている。深刻化する気候危機と、それでも変わらない日本政府に対して私たち市民はどのように行動すべきか、取り組むべき課題も含めて考察する。

再生可能エネルギー100%への展望と課題

 太陽光発電と風力発電の驚異的なコスト低下によって、エネルギーや電力の「旧い常識」が覆され、10年前には予想さえできなかったさまざまなことが現実化しつつある。

(1)    RE100という新しいエネルギーコンセプト

再生可能エネルギー イメージ 再生可能エネルギー100%シナリオは、少し前までは荒唐無稽と捉えられてきたが、この10年ほどで、今やさまざまな研究機関や国際機関からシナリオが相次いで提示されるようになり、旧来の化石燃料や原発を中心とする旧いコンセプトから、太陽光発電と風力発電を中心とする新しいコンセプトに大転換してきた。

 第1に、従来からの「ベースロード」に替わって、太陽光発電と風力発電(総称して「自然変動電源、VRE」と呼ぶ)を電力系統に最大限導入するための「柔軟性」が基本的な考え方となった。電力分野でVREの比率を最大化するために、「柔軟性」を高めるさまざまな手段が重要という考え方だ。具体的には、気象予測、他の電源や蓄電池による調整、電力輸出入、需要側の変動(DRやVPP)、電力市場の活用などを指す。

 第2に、「最も安いエネルギー源」となった太陽光発電と風力発電の恩恵を他のエネルギー需要分野(温熱、交通、産業、農業など)に活用することで、電力にとどまらず、エネルギー需要全体の再生可能エネルギー転換を進める、という「セクター・カップリング」という考え方だ。電気自動車は、直接的でわかりやすい例だろう。

(2)地域分散型に大転換したデンマーク

 デンマークは国として2050年までにエネルギーのすべてを再生可能エネルギーに転換することを決定している。その2本柱は、地域分散型の風力発電と地域熱供給となっている。デンマークの全建築物の6割をカバーする地域熱供給は、理論と実践で世界をリードしている。その地域熱供給と風力発電との組み合わせで、具体的には風力発電の余剰電力を温水に「蓄熱」し、また水素を介して「風力ガス」(メタンガス)をつくり、化石由来の天然ガスに置き換える構想も具体化しつつある。

取り残される日本

 今回のグラスゴー(COP26)では、石炭に固執して化石賞を受賞した日本が取り残される姿が露わになった。日本の目標は1.5℃目標には不十分だが、それさえ実現する政策が見当たらないことが問題だ。

 昨年の総選挙の最中に閣議決定された第六次エネルギー基本計画(エネ基)では、菅義偉前政権の置き土産、とくに河野太郎前行革大臣と小泉進次郎前環境大臣のイニシアチブで「再エネ最優先原則」が記載されたことだけは画期的だ。ところがそれは表看板だけで、実態は、10月29日の政府審議会で太陽光発電協会が「危機的な状況」と訴えるほどの惨憺たる状況にある。

 太陽光発電は、気候危機とエネルギー転換の要であり、中国や米国、ドイツなど世界のほとんどの国々は30年までに3倍から5倍に拡大させる計画を掲げている。ところが日本の太陽光発電は1~2割増しか見込めそうもない。明らかに政策の失敗である。

 世界がほぼ同時に遭遇したパンデミック対応でも、先進国であるはずの日本で、精密医療や情報科学、統計科学やロジスティクスなどで対応の不備と機能不全、非科学的な対応を露呈した。世界に例を見ないPCR検査抑制論が拡がり今なお検査態勢が不十分で、空港検疫も感度の低い抗原検査のまま、空気感染する事実が広がらず、感染爆発時には自宅放置死という事態にさえ至り、人の命を軽んじる日本の政治が露呈した。

 日本は、パンデミックへの対応でも、気候危機への対応でも、EV化でも、その他多くの分野で世界から取り残されつつある。こうした日本の機能不全と非科学性、人々のいのちと暮らしを軽んじる日本の政治行政の中枢には、政官業学情の「鉄の五角形」構造が強固に形成されており、それが世界同時に進む知識社会化の大潮流から取り残される元凶だ。

原発化石中心主義から地域分散エネルギーへ

 日本は世界の大転換に背を向けたままだ。破局的な福島原発事故を引き起こした当事国でありながら、それに対する検証も反省も責任も曖昧にされ、その後も原発維持・拡大に固執する「原子力ムラ」も「鉄の五角形」も健在だ。かつて自国の炭鉱を潰して石油やガスへのエネルギー転換を推し進めながら、今なお石炭火力に固執して拡大しつつある。

 Daggettは、「化石燃料産業の男性権威主義」(Petro-masculinity)を指摘している(文献7)。日本のジェンダーギャップ指数は、評価対象の世界156カ国中120位(21年)で、なかでも政治分野は147位、経済分野は117位で、OECD加盟先進国のなかではいずれも最下位である(文献8)。日本の異様なまでの原発・石炭への固執の主因の1つには、あきらかに日本の男性権威主義があり、いわば「原発・化石男性権威主義」に支配されていると言っても良いだろう。

 10年前の3・11に立ち返ると、あの衝撃の爆発映像を目の当たりにし、放射能が頭上に降り注ぐ不安を体験し、炉心溶融という先の見えない危機に怯えたあの日々に、私たちが気付かされたことは「エネルギーを自分ごとにする」という当事者意識ではなかったか。

 この先、太陽光発電も風力発電もケタ違いの規模とスピードで増やす必要があり、また否応なく増えてゆく。それを「他人ごと」として増えるに任せ、EVなどのテクノロジー進化に任せたまま引き続きこれまでどおりの考えで経済成長を目指すのか、それとも「自分ごと」として捉え直すのかが問われている。

 3・11で大切な気づきを得た私たちは、そこを問い直す力をもっていると信じたい。「原発・化石男性権威主義」を覆してゆくには、多様な人々の参加による「市民が主役の民主主義」を通して、自然や生態系、地域コミュニティの「本当の豊かさ」を尊重した経済や地域社会の在り方まで踏み込んで問い直す必要がある。私たち自らが当事者として関わって再生可能エネルギーを地域づくり活かせるようにつくり上げてゆくことで、エネルギーと未来を私たちと地域の手に取り戻してゆく道筋が見えてくるのではないか。

 原発・化石中心の男性権威主義が支配する大規模集中型から、多様な人々の参加型による小規模・地域分散型エネルギーへ、地域に根ざしたボトムアップエネルギー転換が求められるときだろう。

(了)

引用文献
7  Cara Daggett “Petro-masculinity: Fossil Fuels and Authoritarian Desire” Millennium: Journal of International Studies 2018, Vol. 47(1) 25–­44 (2019.4) ^
8  日本BPW連合会 https://www.bpw-japan.jp/japanese/gggi2015.html ^


<プロフィール>
飯田 哲也
(いいだ・てつなり)
1959年、山口県生まれ。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修了。東京大学先端科学技術研究センター博士課程単位取得満期退学。原子力産業や原子力安全規制などに従事後、「原子力ムラ」を脱出して北欧での研究活動や非営利活動を経て環境エネルギー政策研究所を設立し現職。国際的にも豊富なネットワークをもち、21世紀のための自然エネルギー政策ネットワーク理事、世界バイオエネルギー協会理事、世界風力エネルギー協会理事なども務める。政権交代後に、中期目標達成タスクフォース委員、および行政刷新会議の事業仕分け人、環境省中長期ロードマップ委員、規制改革会議グリーンイノベーション分科会委員、環境未来都市委員などを歴任。3.11後にいち早く「戦略的エネルギーシフト」を提言して公論をリードしてきた。福島第一原子力発電所事故発生以降は、経済産業省資源エネルギー庁、総合資源エネルギー調査会基本問題委員会委員(〜2013年)や、内閣官房原子力事故再発防止顧問会議委員(〜12年)、大阪府、大阪市特別顧問(〜12年)など、政府や地方自治体の委員を歴任。孫正義氏に付託されて「自然エネルギー財団」設立の中心を担い、同財団の業務執行理事も務めた。14年から(一社)全国ご当地エネルギー協会 事務総長。主著に『エネルギー進化論』(ちくま新書)、『エネルギー政策のイノベーション』(学芸出版社)、北欧のエネルギーデモクラシー』など多数。

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