2024年09月06日( 金 )

【経営教訓小説・邪心の世界(2)】栄華の極み(後)

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<主要登場人物>
甲斐(創業者)
戸高(2代目社長)
日向睦美(創業者の娘)
日向崇(睦美の夫)
<作>
青木 義彦

※なお、これはフィクションである。

福岡 夜景 イメージ    1990年代は甲斐の経営者人生で最高に楽しい時期であった。再婚したこともその1つ。相手には睦美という名の娘が1人おり、甲斐の籍に入れて、かわいがった。妻は内気で、あまりでしゃばらない性格の持ち主。「内助の功」のタイプで、甲斐に安らぎを与えるありがたい存在となった。

 さて、甲斐の最大の生きがいであるライオンズクラブ活動はどうだったか。ライオンズクラブには懇意にしていた仲間がいた。その筆頭は杉、田原、島田。3人は甲斐とほぼ同年代。そのなかでとくに傑出していたのが、杉だった。

 杉は25年にわたる地元商社の勤務を経て、90年に独立。設立5年足らずで年商は100億円を突破した。甲斐はいつも「杉ちゃんには負ける」とぼやき、一目置いてきた。杉にはまったく偉ぶるところがなく、誰からも尊敬の念をもたれた。甲斐は「杉ちゃんは現代版西郷隆盛だ」と絶賛していた。杉は西郷と同じく鹿児島出身であった。

 甲斐を筆頭に、この4人が私淑する先輩がいた。設計士の宅間である。4人は宅間から仕事を紹介してもらったり、幅広い人脈を活用させてもらったりした。宅間の面倒見の良さは仕事関係だけにとどまらず、ライオンズマンの模範となるものであった。甲斐ら4人はライオンズクラブのさまざまな規範を叩き込まれた。

 ある日、田原が「宅間さんをガバナーにしよう」と言い出した。ガバナーとは、ライオンズクラブ地区の最高の地位である。ライオンズクラブは全世界で組織化され、地区ごとに番号が割り与えられているのだ。九州地区は337、福岡県はA地区と呼ばれ、さらに福岡県は5つのブロックに分けられている。そのうち、福岡市とその周辺はそれぞれ2ゾーン、4ゾーンとしている。宅間と甲斐が所属するライオンズクラブは337A地区4ゾーンとして登録されていた。

 地区ガバナーは337A地区のトップ。つまり、福岡県のライオンズクラブメンバーで最高位のポジションである。福岡県の5ブロックから持ち回りでガバナーのポストが決定される(任期は7月から翌6月まで)。このため、337A地区4ゾーンに属する甲斐たちにとって、5年に1度しかチャンスはめぐってこない。

 宅間ガバナー誕生に向けて、意外にも島田が活躍した。甲斐を筆頭とする4人は、ガバナー選挙のために337A地区のライオンズクラブのメンバーを訪問。4人は「福岡県全体にこれだけのライオンズクラブの同志たちがいるのか」と感動した。

 ガバナー就任前の2年間は修行期間となる。代議員会で承認されて、第2ガバナー、第1ガバナーへとスッテプアップしていく。第2ガバナーになった者の大半は2年後にガバナーになれる。宅間を第2ガバナーに選出できた夜、甲斐と杉は2人で酒を徹夜で飲み干した。杉は底抜けに酒が強い。甲斐にとってその晩は天下を取った気分で爽快であった。「杉ちゃん!天下を取ったときの西郷どんの心境たい」と上機嫌だった。

 しかし、人生の最良の期間は瞬く間に消え去る。「人生とははかないもの、虚ろなもの」という悟りが必要だ。ライオンズクラブで親交を深め、もっとも尊敬していた杉の会社が民事再生法の適用を申請したのは2000年を眼前にした時期であった。杉はもともと営業畑を歩いてきたが、数字は少し不得意だった。公認会計事務所から転職してきた経理マンに、会社の金を使い込まれたのである。甲斐は「他人事ではない」と顔面蒼白となった。

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