2024年09月06日( 金 )

【経営教訓小説・邪心の世界(5)】断末魔の画策(前)

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<主要登場人物>
甲斐(創業者)
戸高(2代目社長)
日向睦美(創業者の娘)
日向崇(睦美の夫)
<作>
青木 義彦

※なお、これはフィクションである。

軋轢 イメージ    故人である甲斐を冒涜するつもりは毛頭ないが、人間は死を目の前にしても無心になれないということを甲斐が証明している。2013年に昇天した甲斐は、死の1年前から事業継承を必死で画策していた。しかし、甲斐の会社は当時、売上高の半年分にあたる赤字を抱えていた。このような状況下において、火中の栗を拾うような物好きがいるはずがない。

 (1)で登場した平は、「甲斐社長の3回目の結婚の際、この“女狂い”には、もう付き合いきれない。恩返しはとっくに終わった。これで取引はやめよう、と決断した矢先に本人が亡くなってしまったので、こちらもタイミングを失ってしまった」と語る。

 仕入れ先から警戒されている状況において、前進は不可能であることは明白だ。甲斐は生前、最古参の井出に「事業継承を頼む。君が社長として仕切ってくれ」と懇願した。しかし、井出からは「甲斐社長、私はあなたの命令のもとで動いてきただけで、到底上にたつ能力はありません。責任を果たせないので、お断りします」と体よく断られた。

 こうなると、楽天家の甲斐もさすがに現実の厳しさを理解するようになった。「確かにそうだ。こんな債務超過の会社を引き受ける者がいるはずない」と悟るようになった。しかし、「時すでに遅し」である!

 甲斐は当時、会社が倒産して債権者から追及される夢を毎晩のように見て、うなされていた。楽観的な甲斐だったが、「どうすれば現状を打開できるだろうか?」と死に物狂いで考えた。その時、甲斐の脳裏に“あるアイデア”が閃いた。「君の会社として再建してくれ。株はすべて君に委ねる」と頼めば、必ず引き受けてくれる物好きな人間がいるという結論に達したのである。

 甲斐は井出に続いて、もう一人の古参である戸高に声をかけた。甲斐が外交活動をストップしてからは、この戸高がお客さん廻りをしていた。甲斐は「戸高君、君に会社を託すしかいない。社長をやってくれないか」と懇願した。当初、戸高は「なぜ、俺がつぶれる寸前の会社を引き受けなくてはならないのか」と考え、冷たい応対に終始していた。

 しかし、経験を積んできた甲斐には余裕があった。「戸高君、君に会社の株をすべて譲る。『将来、この会社を戸高建設にするんだ』という意気込みで会社を立て直してくれないか」と語りかけた。すると、戸高の顔の表情がにわかに変化し始めた。「これはなかなか面白い提案だな」と腹のなかで思いはじめたのだ。

 甲斐は「戸高は必ず社長を引き受けるな」と確信した。「株を君にすべて譲渡するから社長を引き受けてくれるな」と再度、詰め寄ったところ、戸高は「私でよければ精一杯、再建に尽力します」と宣言した。

 しかし、戸高がここで甲斐としっかりした念書を取り交わさなかったことが後々、致命傷となった。次回で触れるが、甲斐は死の寸前まで“つまらない画策”を行い、関係者に軋轢を生じさせたのである。

(つづく)

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