2024年09月06日( 金 )

【経営教訓小説・邪心の世界(6)】断末魔の画策(後)

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<主要登場人物>
甲斐(創業者)
戸高(2代目社長)
日向睦美(創業者の娘)
日向崇(睦美の夫)
<作>
青木 義彦

※なお、これはフィクションである。

 甲斐は本来、身内に事業を継承させたかったのだが、身内は睦美しかいない。睦美は再婚した妻の連れ子だったが、血を分けた子供以上の愛情を注いでおり、「睦美に事業を継がせたい」というのが甲斐の偽らざる心境だった。だが、前回の(5)で述べたように甲斐の3度目の結婚によって、親子関係にひびが入っていた。

 睦美は社内の設計士・日向崇と結婚した。日向は真面目な男だったが、「社交性に欠け、人の上に立つ器ではない」と甲斐は考えていた。従って「この男に後を継がせたら、会社は近い将来つぶれる」という恐怖を抱いていた。だから、甲斐は「まずは戸高をつなぎで使いたい」と考えたのである。債務超過に陥って倒産寸前の会社なのにも関わらず、往生際の悪いことばかりを考えていた甲斐には、心底あきれてしまう。

事業継承 イメージ    甲斐は、睦美と日向を呼び、今後の会社についての説明をした。「睦美たちに会社を継いでもらいたいのはやまやまだが、今の2人の力では、経営は無理だ。それはわかっているだろう」と諭したところ、その指摘には2人とも頷いた。甲斐は「そこでだ。つなぎ役として戸高君に社長を託すことにした」と今後の方針を打ち明けた。
 それを聞いた睦美は明らかに狼狽していた。一方、旦那の日向は「仕方ないか」という表情を浮かべていた。日向は最古参の井出が甲斐の申し出(社長就任の要請)を断ったことを知っていたので「順番から言って次は戸高しかいない」と考え、納得していたのだ。その時点においては「自分が会社を切り盛りしてやる」という野心は無かった。それは日向に欲がないというのではなく、自信がなかったからである。

 睦美は甲斐に「お父さん!仮に戸高さんに社長を譲ったとします。お父さんの生きている間は、心配する必要はないと思うけど、もし亡くなったりしたら、私たち夫婦は会社を追い出されるかもしれません。そうなったら、どうするのですか」と迫った。

 甲斐は、睦美の取り乱した様子を目の当たりにしても平然としていた。なぜなら、今回の決定は、彼なりの用意周到の “練りに練った秘策”だったからである(浅はかであったが…)。

 「睦美よ、安心しなさい。お父さんは会社を人さまに渡すようなことはしないよ」と甲斐が珍しく自信溢れる口調で語りかけた。こうした父の言葉は、睦美の心に違和感とともに好奇心を生じさせた。

 甲斐は睦美に「株式会社の持ち主は株をもっている。だから会社の株すべてを睦美夫婦に譲渡する。そうすれば会社は睦美たちの物だ。だから戸高に会社を奪われることはない。万が一、戸高が会社を奪おうとすれば、戸高は『泥棒』として法で裁かれる。だから安心しなさい」と言って聞かせたのである。

 このように拙い甲斐の説明だったが、睦美の顔にたちまち安堵の表情が浮かんできた。不安しかないと思っていた将来に突如希望の光が差してきたのだから無理もない。寡黙な日向も「私が時間をかけて実力をつければ、会社経営も可能になる」と計算していた。しかし、この2人が浅はかなのは、「会社が倒産前」であることを認識していなかったことである。

 今回の策は甲斐にしては珍しく緻密だった。それは、弁護士と相談して「会社の株は身内以外に譲渡できない」という覚書を作成していたからである。戸高は、こうした画策を知るよしもない。

 山あり谷あり、波乱万丈の甲斐の人生は2013年に幕を閉じる。

(つづく)

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(7)

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