2024年09月06日( 金 )

【経営教訓小説・邪心の世界(8)】自身の能力に陶酔

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<主要登場人物>
甲斐(創業者)
戸高(2代目社長)
日向睦美(創業者の娘)
日向崇(睦美の夫)
<作>
青木 義彦

※なお、これはフィクションである。

社員 イメージ    戸高は、社長就任1期目で経常利益2,000万円をあげたため、自身の報酬を月額50万円にアップした。また、社員たちの給料も最低でも1万円上げた。

 同社の給料は、これまであまりにも安かった。また、この3年間ベースアップが無かったため、社員たちは初めキョトンとしていたが、次第に我にかえって一同、戸高に対し、感謝の気持ちを伝えにきた。

 戸高は「やはり、給料が上がると社員たちは喜ぶ。そして会社への忠誠心が高まる」と確信した。会社の儲けが増えれば、営業投資も膨らみ、得意先の担当者たちと円満な人間関係を築くことができる。また、仕事が次第に増えていくにつれ、社内が明るい雰囲気になってきた。

 社長就任2期目の決算では3,000万円の経常利益をあげたので、奮発して社員たちに年末賞与を出した。意外な金額(彼らにとっては高額)を手にした社員たちの戸高社長に対する敬服の念は、一層高まった。

 「この調子なら、あと3期で累損の一掃が可能だな」と戸高なりの見通しを立てた。このころになると、見積もり価格の叩き合いは皆無となっていた。こちらが見積もりを提出すると大半の施主が認めてくれるようになったのだ。30年近く建設業界に身を置いてきた戸高にしてみれば、これは初めての経験である。ここで戸高が「とても恵まれた環境のおかげで業績が好転した」と謙虚な気持ちを抱いていれば、最悪な事態を招くことはなかっただろう。

 戸高の見立て通り、18年の決算で累積赤字を一掃した。「甲斐社長のときの負の遺産を払拭した。これからが再スタートだ。自分さえ頑張れば、間違いなく会社は発展する」と経営者としての自身の能力に“陶酔”し始めたのである。

 ある日、戸高は社内での会食の席上、睦美に対して「先代の時代は社員たちがとても暗かったですが、私のおかげで皆、楽しそうに食事をしています。また、以前とは比較にならないほど会社は発展しました」と失言をしてしまう。

 その夜、自宅に帰った睦美は夫である日向に「あの態度は何よ!お父さんをコケにして、“俺のおかげで会社が繁栄している”かのような言い草には本当に頭にくる。『会社は自分のものだ』という横柄な態度には怖さすら感じる。戸高は今月から自分の給料を勝手に80万円にあげたのよ」と怒りをぶちまけた。

 「何だって、俺は50万円しかもらっていないのに何と自分勝手な奴だ」と、普段は温厚な日向まで怒り出す始末。「本当に油断できない。会社の乗っ取りに動き出したのかな」という睦美の言葉に日向は相槌を打った。そして、「戸高がいかなる魂胆をもっていたとしても、夫婦が会社のすべての株をもっているのだから、何も恐れる必要はない」と自らに言い聞かせた。

 翌日のことである。戸高は日向に「日向部長。睦美さんに監査役を退いてもらう。後任は私の妻だ」と命令口調で伝えた。

(つづく)

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