2024年09月06日( 金 )

【経営教訓小説・邪心の世界(10)】「自滅」明暗を分けた選択

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

<主要登場人物>
甲斐(創業者)
戸高(2代目社長)
日向睦美(創業者の娘)
日向崇(睦美の夫)
<作>
青木 義彦

※なお、これはフィクションである。

古いビル イメージ    戸高と日向の交渉は最終段階に入っていく。不利な状況に陥った戸高は「解任だけはやめてくれ。せめて退職扱いにしてくれないか」と手のひらを返したかのような態度を示した。一方の日向は「辞めるのであれば、かたちにはこだわらない」という鷹揚な姿勢を貫いた。

 戸高は往生際が悪かった。社員たちには「俺が辞めたら会社は潰れるぞ。早く転職してしまえ」と扇動し、取引先には「私の辞任で社員たちが動揺しています。恐らく大半が退社するので、会社の存続は難しいでしょう」と吹聴していたという。これが彼の本性なのだろうか…。

 余談がある。仕入れ先に挨拶回りをしていたところ、「戸高さん、出資に応じても構わないので、会社を興しませんか」と勧められたことがあった。「そうだな。戸高建設の実現まで、『あと少し』というところまできていたのだから、新たな挑戦をするか」と心が揺らいだ。

 しかし、戸高は、妻から「あなたには人徳がない。だから今回のようなトラブルを招いたのよ。いい加減、“老人の欲望”を捨てなさい」という厳しい言葉を浴びせられる。この忠告に目が覚めた戸高は、ついに野望を捨てさった。「俺の会社、戸高建設にする」と公言していた当初の意気込みはどこへいってしまったのだろうか…。

 戸高が20年間世話になり、7年間経営を託された会社は、故人となった甲斐が興したものである。債務超過状態から内部留保ができるまでに、会社を再建させた戸高の功績は賞賛されて然るべきだが、起業家として会社をゼロから立ち上げた経験はない。甲斐の会社に在籍していたところに社長のポストが転がってきたに過ぎないのだ。

 「ボロ会社」と批判し、「先代経営者の無能さ」を指摘していた戸高だが、もし、社長就任の時期が5、6年早かったなら、おそらく会社の再建は無理で、倒産していただろう。

 戸高にはツキもあった。やり方次第で、「戸高建設」を誕生させることも可能だった。しかし、先代から自立して「俺の会社」へと変貌させるチャンスを自らつぶしてしまった。

 戸高には、いささか常識が欠如しており、それが致命傷となってしまう。普通なら、日向夫婦に「この会社を譲ってください」と交渉し、ビジネスベースで会社を引き取り、戸高建設という自身の会社にするはずだが、そうした考えにおよばなかった。戸高は、みすみす最大のビジネスチャンスを逃がしてしまったのだ。

 一方の日向夫婦は、「会社の株主」夫婦であるため、「会社は自分たちのもの」であることが社会的に認められる。ただし、この会社を存続させていくのは従業員ではない。日向夫婦であり、睦美の旦那・日向しかいないのである。日向が会社を切り盛りできなくなれば、「倒産・廃業」という選択しかない。

 日向は高校の建築科を卒業し、2度目の転職で縁あって入社。地味な男だが、設計畑が性に合っていた。日向は、自身の設計・提案が施主から採用されると無性にうれしかった。

 睦美は日向の誠実な人柄に惹かれ、結婚する。日向は、好きな建築設計に打ち込む人生設計を描いていたのだろうが、一転して「中小企業オーナーの娘婿」という立場になる。

 義父であるオーナー・甲斐が亡くなり、二番手の古参社員である戸高が社長に抜擢される際には、「時間をかけて事業継承できる力をつけていこう」と密かに誓った。そして、戸高は自滅する。

 日向に自身の計画よりも早く経営する機会が転がりこんできた。当初は「全員辞めるのではないか」と懸念されたが、半数の従業員が残ってくれた。とはいっても、「当面は様子見」という社員が大半だろう。

 仕入れ先の一部からは、「カリスマ性に欠ける日向社長では会社を維持できないのでは」といった声を耳する。だが、日向には「俺にはお客さんを感心させられるだけの設計力がある。俺の力で仕事を受注できれば、会社を維持できる」と成功を確信している。意外と日向の意志は強固なのではないか。しかし、日向の未来が前途多難であることに変わりはないのも事実である。

(了)

(9)

関連キーワード

関連記事