2024年07月16日( 火 )

ヨーロッパから見た日本の政治事情(4)

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福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

スペイン イメージ    フランスからスペインに戻ってみると、やたらにトヨタ車が目につく。そんなに売れているのか。他の日本車はと探すのだが、日産もホンダもマツダもたまに見つかる程度。シトロエンやルノーは相変わらず多いが、フォルクスワーゲンやオペルほどではない。BMWやメルセデスとなると、高級車なので数が限られる。一方のトヨタは、どこへ行ってもすぐ目に入り、なるほど「世界のトヨタ」だと感じられる。

 知人のスペイン人はトヨタRAV4という立派な車を乗り回している。500km離れた町までドライブに連れて行ってもらったことがあるが、乗り心地抜群である。このハイブリッド車、大枚をはたいて買ったそうだが、本人は大満足。「車にしちゃ、高かったけどね。考えてみれば、ハイブリッド車は5年も乗れば元をとれるんだ。ガソリン代が浮くからね。」

 日本ではそれほど見ないこの車種は、街中を走ってもよし、丘を越えるのもよしという万能型だ。サスペンションもよく、長時間乗っていても少しも疲れない。山歩きが好きなこの男、「一度乗ったらやめられない。故障もしないしね」とニコニコ顔である。

 そこで思い出したのが、トヨタ自動車販売に長年勤めた幼馴染のAである。最近亡くなったが、彼はアメリカが長く、レクサスの販売に成功したことで社から表彰されたこともある人物だ。その彼と東京で会ったとき、トヨタが海外で成功した理由はサービスのよさにあったと言っていた。部品調達のよさ、周到な点検整備で他社を圧倒してきたというのだ。

 日本車は性能的には他社の車も優れている。しかし、海外で成功するには、故障しないこと、故障したらすぐ直せること、サービス担当の接客態度が良いこと、これらを徹底するにかぎると彼は胸を張った。

「ロスにいたとき、レクサスというすごい新車ができたばかりだった。これを何とかアメリカに売り込め、と本社から通達があって、そのときは相当考えたよ。そこで思い出したのが高校時代のバスケット部での練習だ。バスケットにはカットインという戦術があるけど、レクサスを売るのにはカットインで行こうと決心したんだ。」

 彼のいうカットインがどういうものかはっきり覚えていないが、トヨタ車が当時はまだそれほど売れていなかったので、レクサスをトヨタ車として売り出さないことが1つ。もう1つは、販売価格をうんと下げたことだったと思う。安くすれば儲からないが、アメリカでは売れればすぐにも価格を釣り上げることができる。それで初めは安く売って、徐々に価格を釣り上げていけばいいということだったと記憶する。

 そんなことを思い出したのも、スペインに戻る直前、マルセイユのホテルでニューヨーク在住のTからメールをもらっていたからだ。そのメールはトヨタ批判というよりは、トヨタに密着する日本政府についての批判だった。

 かいつまんでいうと、現在トヨタは世界一の自動車販売を誇っているが、将来は暗い。ハイブリッドに固執し、電気自動車の開発に意欲を示していないからだ。ところが、政府はそういうトヨタに全面的に依存している。「トヨタと心中するつもりなのか」というものであった。

 電気自動車については、電気自動車が売れないのはEV充電ができるところがあまりにも少ないからという意見がある。大量販売するには、環境が整っていないのだ。ということは、日本に限らず、どの国の政府も自治体も本格的な電気自動車の導入を考えていないということ。ハイブリッドに固執するトヨタの見解は、この状況に呼応する。

 ところで、Tからのメールで、数年前に台北で出会ったYのことを思い出した。日産の内部事情に詳しい彼は、カルロス・ゴーンの失脚についてこう説明してくれた。

「日本政府の日産潰しですね。ゴーンだけを悪者にし、日本人スタッフの罪は帳消しにし、日産そのもののイメージダウンを狙ったわけです。ゴーンにすれば、日産に裏切られたというよりは、日本に裏切られたと思っているにちがいない。」

 メディアのせいでゴーンばかりを悪者と思っていた私には、これはショックだった。しかし、先のニューヨークのTの発言と合わせれば、日本政府とトヨタの濃密な関係は確実だ。なるほど、「政府はトヨタと心中するつもり」なのである。

 戦前の日本政府は三井や三菱などの財閥との癒着によって進むべき方向を見失ってしまったといわれる。戦後の驚異的な経済成長の過程において、今度は財閥ならぬ世界に燦たる大企業との密着が進み、今日に至ったのである。資本主義国家としては当然かもしれないが、そのような密着は政治の方向を誤らせるだけではない。社会全体を不健全にするのだ。なぜなら、若い優秀な頭脳が生み出す創造的な新企業が発展できなくなる。経済成長期のシステムからいち早く脱却すべき今、それができないとなれば、これは動脈硬化以外のものではない。

(つづく)


<プロフィール>
大嶋 仁
(おおしま・ひとし)
1948年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。75年東京大学文学部倫理学科卒。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し名誉教授に。

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