2024年12月22日( 日 )

長崎電気軌道の展望(前)

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運輸評論家 堀内 重人

 長崎市では、市民の日常生活の足として、路面電車が重要な役割を担っている。路面電車は長崎市の運営ではなく、大正時代以来長崎電気軌道(株)という民間企業によって運行が継続されている。この長崎電気軌道の凄いところは、長崎県や長崎市が欠損補助などを行わなくても、運賃と広告収入だけで黒字経営を維持している点だ。長崎電気軌道の現状と黒字経営実現の理由、そして今後の課題について述べたい。

長崎電気軌道の概要

写真1 長崎電気軌道は、路面電車を運行する事業者である
写真1
長崎電気軌道は、路面電車を運行する事業者である

 長崎市内で路面電車を運行する長崎電気軌道(写真1)は、1914(大正3)年8月2日に会社が設立された。当時の資本金は50万円。大正時代の1圓は、現在の価値でいえば4,000円であるから、現在の通貨価値で換算すれば20億円程度になる。

 実際の路面電車の運行開始は、翌1915年の11月16日である。開通当初のの運行区間は病院下(現・大学病院)~築町(現・新地中華街)間である。現在は、5路線4系統を営業しており、総営業キロ数は11.5kmである。

 長崎電気軌道の凄いところは、独立採算で黒字経営を維持しているところだ。長崎市は、地理的に見ると南北に走る狭隘な谷間に沿って、線状に細長く市街地が形成されており、平地が少ないのが特徴だ。それゆえ「長崎は坂の街」と言われているが、このことは居住地区や商業地区が、狭い平地部分に高密度で存在することにつながる。必然的に人口密度が高くなるため、公共交通機関の運営には経営面で有利である。また本線には専用軌道もあるため(写真2)、路面電車の定時運行に貢献している。

写真2 専用軌道があるため、定時運行が担保されている
写真2
専用軌道があるため、定時運行が担保されている

 50年ほど前までは日本各地の都市に路面電車が走っていたものだが、「自動車の走行の邪魔になる」という理由で次々と廃止された。路面電車が廃止された都市では、軌道敷への自動車の進入が認められており、路面電車は定時運行ができず廃止に追い込まれた側面もあった。

 長崎市では、長崎電気軌道に専用軌道があることに加え、軌道敷への自動車の進入を認めなかったことも、路面電車が存続した理由といえる。このため、現在に至っても長崎市などから欠損補助を受けなくても、運賃と広告収入などで黒字経営が実現している。

 このように書けば、「運賃が割高なのではないか」と思われるかもしれないが、長崎電気軌道は、距離に関係なく大人140円の均一制の運賃が採用されている。乗客は乗車するために140円だけ用意しておけば良いため、安心して利用できることも利点だ。

 長崎電気軌道では、低床式の路面電車(写真3)も導入されているが、多くの車両はほかの都市などで使用されていた車両を、安く譲り受けている。そして線路の敷石なども、他の企業から譲り受けているため、低コスト化に貢献している。

写真3 長崎電気軌道にも導入されている低床式車両
写真3
長崎電気軌道にも導入されている低床式車両

可能な限り低運賃を設定する経営努力

 運賃は、1984年6月1日に、それまでの1乗車90円から100円(子どもは50円)に改定された後は、1989年の消費税の導入や、1997年の消費税の税率を5%に引き上げた際も、100円のまま据え置かれた。

 だが2000年にバリアフリー法が施行されたことから、電停などのバリアフリー対策を行う必要性が生じた。バリアフリー化は、電停だけでなく、非接触型のICカードの導入が進んでいたこともあり、長崎電気軌道も運賃箱をICカードに対応したタイプに改造したり、取り換える必要が生じた。また情報化時代になったことから、「次の電車はいつ来るのか」を乗客に知らせる必要もあり、運行情報管理システムを導入するなどの設備投資も必要となった。

 これらの設備投資を行うためには運賃値上げが必要となり、100円均一運賃の維持は困難となった。そして2008年、運賃を値上げする方針が公表された。そして2009年8月3日に、1乗車につき大人120円(子ども60円)に変更するための運賃の値上げを申請し、同年8月31日に認可された。

 実際の値上げは、同年10月1日からであり、25年ぶりの値上げとなった。その後も2014年4月に消費税の税率が8%への引き上げが実施されたが、このときは消費税の税率の引き上げ分を運賃への転嫁は行わず、運賃は据え置かれた。

 だが2018年10月に消費税の税率が10%に引き上げられたときは、運賃を据え置くことはできなかった。そこで2018年12月25日には、運賃を大人1乗車が130円(子ども70円)に再び値上げすることを、九州運輸局に値上げを申請した。2019年2月26日付で新しい運賃が認可され、同年4月1日より130円への改定が実施された。

 だが2020年になると、コロナ禍による外出の自粛などもあり、利用者の急激な減少に直面した。こうなると130円に値上げされた運賃であっても、採算性を維持することが難しくなり、2021年6月23日に九州運輸局に運賃の値上げを申請せざるを得なくなった。結果的に、申請した運賃が認可されたため、同年10月1から140円に値上げされた。

 現在の長崎電気軌道の運賃は1回乗車につき140円だが、近年消費税の税率引き上げに加えてコロナ禍もあって、運賃を引き上げざるを得なくなってしまった。長崎電気軌道は、利用者の負担を少しでも減らすため、ICカード式乗車券を利用している場合は別系統の電車に乗り換えた際に、別途運賃を支払う必要が生じないようにしている。

 ただし、現金で乗車する場合は、乗り換える度に運賃を支払う必要がある。長崎電気軌道としては、ICカード式の乗車券の利用が進めば、電停での停車時間が短くなるため、運転時間の短縮につながるメリットがある。そうなれば車両や人件費が削減できる利点があるだけでなく、金銭の授受に携わる乗務員が新型コロナ対策のために受ける負担も減少できる利点もある。

(つづく)

(後)

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